【親の介護・看取り】
在宅医療の専門医に聞くリアルな現場
親の最期に立ち会うために、知っておきたいこと<後編>
余命1か月を宣告されたのに「私は死なない」と治療を拒否する母。家族のピンチに対処する四姉妹を描いた、尾崎英子さんのエッセイ『母の旅立ち』(CEメディアハウス)。そのなかで、常に冷静で先を見て行動している次女として登場するのが、英子さんの姉で医師の岡山容子さん。京都市で「おかやま在宅クリニック」の院長を務めています。岡山さんに訪問医療の現実と、家族の看取りについて聞く後編です。親の最期に立ち会うための心構えなど、今から知っておきたいことを伺いました。
前もって準備するのは難しい家族の最期
治療の方針は変わってもいいから決めておく
――看取りの専門医として、親の看取りに立ち会われた岡山さんですが、私たちが「その時」のために準備できることはなんでしょう。
岡山さん(以下、岡山):地震に対する備えと同じで、親の最期に対する準備をあらかじめしておくのは、現実には難しいんです。そこでおすすめしているのは、お金の準備です。たとえば、“その時”に備えて毎月1万円ずつ積み立てておく。きょうだいが何人かいるなら、それで月に数万円になります。親の医療費や介護費は「本人」のお金から出すのが基本ですが、離れて住んでいる家族は駆けつけるのにも交通費がかかります。そういうとき、積み立てから出すことにすれば、不公平感がなくて済む。きょうだいの誰かが同居していて看病を担うなら、積み立てから「いつも看病をしてもらって、ありがとう」と感謝の気持ちを渡すのもいいでしょう。
――お金の準備をすることは、安心感につながりますし、きょうだい間でのコミュニケーションにもなりそうですね。どんな最期を迎えたいか、親の気持ちを確認するにはどうしたらいいでしょう。
岡山:大切なこととはいえ、お正月のだんらんの時には聞きにくい。法事でもあれば「おばあちゃんの最期はどうだった?」「じゃあお母さんはどうしたい?」と、聞くこともできるかもしれません。
ただ、誤解しないでほしいのは、どこまで治療してほしいかなどの方針は、一回決めたらそれで終わりではないことです。延命治療したいかを問われると「私はええわ」という人が多いんです。でも、いざそうなった時に家族に「やっぱりがんばって治療してよ」と懇願されたらどうするか。「分かった、あんたたちに任せるわ」という人なのか、「私の人生だから好きにさせて!」というタイプなのか。
こんな方がいました。高齢女性で、本人は以前から「救急搬送は嫌」だと。指が感染し壊死していて、それについては切断の準備もしていたのですが、それより早く菌が全身にまわって急に危険な状態になりました。元々のかかりつけ医は「ここに居たら命がなくなる」と救急搬送を指示して往診に来てくれませんでした。本人は「救急搬送は嫌」と言い、この状態で救命を希望しなければ搬送されても「なんで病院に来たの」となります。私が看護師に呼ばれて訪問し、女性に「自宅で亡くなりたいんだったら最後まで診るし、治療したいんだったら救急医におつなぎしますよ」と伝えました。それを聞いた家族は「本人の前で命の話をするとは!」と怒りましたが、そのやりとりを聞いていた本人が「……(治療しても)ええで」とおっしゃる。結果、その女性は指の手術を受けて、今もご存命です。
大切なのは、本人が決めること、そして決めても後から思いが変わってもいいということです。
――変わってもいい、と考えると少し楽な気持ちになります。
岡山:「変わってもいいなら、決めなくてもいいんじゃない?」という人もいますが、それは違うんです。何も決めていないといざという時にパニックになるから。まず、自分ならどうしたいかと考える。そして、家族にすがられたらどう思うかも想像しておく。私はこれを「心の避難訓練」と呼んでいます。40代を過ぎると、がんにかかる人が増えてくるので、親のことだけではなく自分のこととして考えてほしいですね。迷うならできる治療はすべてやってもらいたい、と意思表示すればOKです。
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田中絵真
フリーライター田中絵真
暮らしまわり、ヘルスケアの記事を多く執筆。
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