【親の介護・看取り】
在宅医療の専門医に聞くリアルな現場
親の最期に立ち会うために、知っておきたいこと<後編>
入院中は、病院都合にならざるをえない。
本人都合に寄り添うのが在宅医療
編集部:少し個人的な質問をいいでしょうか。私は1年半前に母を看取ったんですが、病気の原因が結局、不明のままでした。大学病院で最初は肺血症と診断され治療を続けても回復せず、次第に脳がやられて意識がなくなり最後はICU(集中治療室)に入りました。入院してから亡くなるまで1か月半弱。母は意識がある時に「ICUだけには入りたくない」と言っていて、また病院を嫌がっていて転院したいと言われつつ、果たせませんでした。こんな時はどうしたらいいでしょうか。
岡山:そうでしたか。大学病院のICUに入っている人を退院させるのは、常識的には難しいんです。無理やり退院をして私のところに患者を連れて来る家族もいますが、まわりには大変な迷惑をかけています。原因不明の場合、診断がつけば回復する可能性もあるので、病院側としては退院していいとは言いづらいんですね。
ただ、お母さんが病院をいやがったのも当然なんです。病院は管理の場所。患者さんの個性や要望は無視されて、病院都合ですべてが動いていきます。お母さんの怒りはもっとも。反対に在宅療養は、本人の都合で生活し医療はそれを支援します。本人がしたいことをできるし、食べたいものが食べられる。ただ、訪問医療は、呼んでも来てもらえるのにある程度時間がかかるという、アクセスの悪さがあります。
編集部:そうでしたか。もうひとついいでしょうか。『母の旅立ち』では、著書の尾崎さんが、いよいよという時も仕事をされていて、ごきょうだいもそれを受け入れている描写がありました。「最期を看取れなくても仕方ない」という考え方だと思います。
私は、母が危篤状態の時に、会社にパソコンを取りに行きたいと言ったら、母と同居していた弟に「こんな時にも仕事なのか!」と、すごく怒られました。結局その日に母は亡くなりまして、パソコンを取りにはいきませんでしたが、そんなことを言ったことを、弟はまだ怒っているようで……。私の中でもしこりになっているのですが、どうすればよかったでしょう。
岡山:この終末期医療の業界では、亡くなる瞬間はつかまえられないと言われています。たとえば、ずっとそばについていても、トイレに行った数分、お弁当を買いに行った10分で亡くなる場合がある。旅立つ時は本人が決めるんです。
弟さんが怒ったのは、お母さんが亡くなる不安をひとりで抱え込んだからではないでしょうか。その弟さんの冷えた気持ちを理解していなかったことを謝るといいのでは。今からでも、それを伝えるのがおすすめです。面と向かって言うのが難しければ、手紙でもいいですよ。
看取りは、最期の瞬間だけが大事なわけではなくて、そこまでの別れの道のりを一緒に歩くことです。そのなかで穏やかなお別れ、私がよく言うのは「お正月に親戚が集まった時」のような空気でお別れすること。それができれば、最期の瞬間に一緒にいられなくても、十分なんです。
『母の旅立ち』
著/尾崎英子
¥1,760(CEメディアハウス)
新興宗教への傾倒や事業の失敗で、家族を振り回してきた破天荒な母が末期がんに。「看取りのプロ」の次女の指揮のもと、四姉妹は母のエンディングにどう寄り添うのか。将来、親や家族を看取るかも、そんな時にもヒントになるエッセイ。
<この方にお話を伺いました>
岡山容子さん
訪問診療医。京都市中京区にあるおかやま在宅クリニック院長。京都府立医科大学卒業後、麻酔科医として勤務。緩和医療への関心から、ガン末期だけではなく高齢者や難病の方の療養に関わる在宅医療に転向。真宗大谷派の僧侶資格を持つ
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田中絵真
フリーライター田中絵真
暮らしまわり、ヘルスケアの記事を多く執筆。
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