離婚・介護・子宮全摘出…その先に見えた希望【それぞれの更年期】
私が一番美しいと思うものを見つめて生きる
美喜子さんは草木染めをするために佐渡に渡ったが、東北の染色家に筒描き体験させてもらい、そのおもしろさに目覚めた。
「筒描きを取り入れた最初から引っかかっていたのですが、化学染料を使う手法は佐渡の海を汚してしまう。だから染色はやめました。後になって思えばその頃から絵は描いていました」
佐渡を出てから、友人とのイベント告知用に描いた絵をフェイスブックに載せたところ、すぐに絵の注文が入った。これが「紙」に絵を描く始まりだった。
「催眠療法と絵を結びつけて、その人が見た一番美しいものを女神画にする、というセッションを1年くらいやりました」
1回5時間のセッションで、絵はその場で描いて渡していた。
「価格も安かったので人気でしたが、心身ともにクタクタになってやめました」
この頃、今の仕事につながるビジョンを受け取った。都心(表参道か半蔵門)に、植物を介して人が集まる場所を作るというイメージだ。
「原宿あたりは地価も家賃も高いところだから、無理だろうなとは思ったのですが」
美喜子さんは、この自分が見た美しいイメージを周りの友人たちに話していた。
夢への道、原宿で畑をする
2020年コロナ禍が始まったばかりの頃、墨田区京島の住居兼サロンを出なければならなくなり、目を閉じて自分の内側を見つめなおした。
「お客さんにはあなたの夢は無限大と言っているのに、自分の夢を信じていなかった。私自身が一番美しいと思うことを実現していなかったと気付きました。それで一念発起して、原宿、表参道エリアに引っ越すことを決めて、渋谷あたりで娘と同じ年齢の若い人たちがやっている不動産会社に私の夢を伝えたんです。そこで、このマンションがいいのでは? と提案
してくれたのが今の住まいです」
古いマンションには美喜子さんが最も好きなイチジクの木があった。住み始めてからは、マンションの屋上で菜園をさせてもらうこともできた。
さらには近所を歩いているとコーヒーの麻袋で野菜を育てている団体に出会ったり、原宿外苑中学校でコンポスト作りを手伝ったり、夢にどんどん近づいていった。もちろん当時は、まさか「原宿はらっぱファーム」ができるなんて誰も予測していなかった。
しかし美喜子さんは越してきてすぐに未来にファームになる「広大な空き地(1500㎡)である元大蔵省の官舎跡地を見つけていた。そしてその前を通るたびに、
「ここで畑をやらせて」と独り言を呟いていた。
「2025年の春に『原宿はらっぱファーム』が始まると、近所の人たちも、ここが畑になるといいな、と思っていたことを知りました。みんなの思いを受け取って私は動いていたのかもしれませんね」
51歳の時に抱いた夢が13年後に現実となった。周囲には「そんな無理なことに奔走しなくてもいいのに」と言われたこともあったが、心底ポジティヴな精神の持ち主である美喜子さんは、自分のもっとも美しい夢は、他の人にとっても美しいということを信じて行動した。
きっとこれからもそうしてゆくのだろう。
元農業高校の先生を招いた「学びの畑」でのひとコマ。この日は先生が用意した夏野菜の苗を定植。
ツバメも飛び交うように。「ツバメが来てすごくうれしい。見ていると泥のついた草を運んでいますね。巣作りに使うのかも」
近所に住んでいるとはいえ、ほぼ毎日畑に通って畑の様子を見まわる美喜子さん。植物たちの様子を見ていると、通りかかる人たちから声をかけられることも多い。
とてもよくお似合いの「20年ぶり」のショートヘアは、原宿はらっぱファームの活動を応援しているヘアサロン「TWIGGY.(ツイギー)」の松浦美穂さんにすすめられたスタイル。
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