新作映画『たしかにあった幻』で河瀨直美さんが見つめた愛と未来
「何かを否定する以上に受け止める自分でありたい」
経験は蓄積し、自分をよみがえらせる力に

一歩を踏み出せば、必ず未来につながる。その思いは、河瀨さん自身が胸に抱いてきたものでもあります。とくに前作『朝が来る』を発表してからの6年間は、河瀨さんにとっては試練の時期でした。
「コロナ禍で作品発表の機会が失われたうえに、東京オリンピック2020の公式映画を手がけたことで、いわゆるオリンピック・バッシングのターゲットになってしまったんです。本来は皆から応援される祝祭だったはずが、出場すること自体にすらプレッシャーを感じる状況に陥った選手たちの葛藤を描いた作品で、決してプロパガンダ映画などではなかったのですが」
逆風の強さに、作品をつくる意欲すら削がれていた時期、河瀨さんの脳裏にふと浮かんだのは「レジリエンス(=回復力)」という言葉でした。
「ユネスコの親善大使になった頃に知った言葉で、コロナ禍を生きるアーティストにとって必要な資質だと言われていました。心に確固たる信念を持つことは大事ですが、あまりに持ちすぎると、強風にあおられるような状況になったときにポキンと折れてしまいます。風にも折れないしなやかさこそがレジリエンスであり、それは女性により備わっている力なのではないかと……。たとえば、自分の身に他者の命を宿し、それを誕生させ、体に受けた痛手からよみがえっていく力などが、まさにそう。大きな課題に向き合わなくてはならないときは、つい崩れ落ちそうになりますが、それでも、やっていくことは誰かの評価に関わらず、ちゃんと自分のなかに蓄積していくんですよね」
コロナ禍、オリンピックを経て再び映画の創作に取りかかった河瀨さん。昨年は大阪・関西万博にプロデュースしたシグネチャーパビリオン『Dialogue Theater-いのちのあかし–』で、さまざまな立場の人々と生きることを巡って対話を重ね、「より愛について考えるようになった」と言います。
「世界にはいろんな窓が開いていると感じますし、何かを否定する以上に、受け止める自分でありたい。映画づくりも含めて、人との間に積み木を置いていくような作業を、諦めずに続けていきたいと思っています」
PROFILE

河瀨直美(かわせ・なおみ)
1969年奈良県生まれ。’97年、劇場映画デビュー作『萌の朱雀』でカンヌ映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞。以降、カンヌ映画祭グランプリに輝いた『殯の森』をはじめ『あん』『光』『朝が来る』など精力的に作品を発表。東京オリンピック2020では公式映画監督を務めた。2021年よりユネスコ(国連教育科学文化機関)親善大使。’22年、フランス政府より芸術文化勲章オフィシエを受章。’25年の大阪・関西万博に河瀨直美シグネチャーパビリオン『Dialogue Theater-いのちのあかし–』をオープン。
衣装クレジット:後送
映画『たしかにあった幻』
臓器移植でつながれる命と消えない愛の確かさを、実際の医療従事者も含む人々の表情と神戸の街、屋久島の自然を交えて具現化。映画冒頭に掲げられる〈愛とは個の喪失である〉は、エドヴァルド・ムンクの言葉。「愛することで自分自身を失いそうな感覚と同時に、そうしてまでも捧げたい愛があるという喜びもある。死や喪失は、終わりではなく始まり。永遠の命を持たない私たちだからこそ、ネガティブな意味の向こうにさらにポジティブな世界があると信じたい」と河瀨さん。コリーに『ファントム・スレッド』『エリザベート1878』のヴィッキー・クリープス、迅に連続テレビ小説『ばけばけ』でも注目を集めた寛一郎。尾野真千子、北村一輝、永瀬正敏など河瀨作品を支える俳優陣が脇を固める。
監督・脚本・編集:河瀨直美
出演:ヴィッキー・クリープス 寛一郎
尾野真千子 北村一輝 永瀬正敏
中野翠咲 中村旺士郎 土屋陽翔 吉年羽響
山村憲之介 亀田佳明 光祈 林泰文 中川龍太郎
岡本玲 松尾翠 早織
小島聖 平原テツ 利重剛 中嶋朋子
日本宣伝・配給: ハピネットファントム・スタジオ /フランス配給:advitam / イン
2026年2月6 日(金)テアトル新宿ほかロードショー
© CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS – 2025
撮影/久富健太郎 取材・文/大谷道子
この記事を書いた人
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