更年期体験談「SOSと書いていた」
閉経前後で心や体が大きく変化する「更年期」。
英語では更年期を「The change of life」と表現します。
その言葉通り、また新たなステージへ進むこの時期をどう過ごしていったらいいのか—。
聞き手にキュレーターの石田紀佳さんを迎え、さまざまな女性が歩んだ「それぞれの更年期」のエピソードを伺います。
今回お話を伺ったのは・・・
服部良子さん
1964年東京都渋谷区生まれ、渋谷区育ち。明治大学農学部卒業後、都内私立中高一貫校に専任教諭(理科、生物担当)として約30年間、その後非常勤講師として5年間勤務後、退職。NACS-Jの自然観察指導員。現在は太極拳指導員を目指して研鑽中。
半信半疑で聞いた仏教講話
「SOSって書いたらしいんですよ。私はまったく覚えていないんですが……」
服部良子さんは40代後半のころ、精神的にも肉体的にも危機的状況にあり、学生時代からの親友に出したハガキの片隅にSOSと記したそうだ。
その親友は銚子方面にあるお寺に嫁いでおり、「一度遊びに来てみる?」と、さりげなく良子さんを誘った。都心からは少し遠いのでしょっちゅうは行けなかったが、自然のあるところでのんびりするのが心地よくてひと月に一度くらい通った。
そこで親友の夫である住職から仏教の話を聞くことになった。とはいえ、最初は半信半疑だった。
「すべてのものに感謝の気持ちを持つと楽になるよ、と言われました。例えば私が飲む一杯のお茶にもたくさんの人が関わっている。だからそれを飲めるということは感謝でしかないとか。たしかに頭ではそうだとわかっていても、なんかね。そして仏教では、『利他行(りたぎょう)』といって、自分だけでなく他者の幸福を大切にするというのがあるのですが、どうも偽善的で嫌だなあと思っていたんです」
しかし、試しに実践してみると、目の前が晴れてきた。
「自分は頑張っている、自分が、自分が、というのがなくなっていきました。考え方が明るくなれましたね。今だったらもっと気楽に心療内科に行くんでしょうが、その頃は病院にはぜったいに行きたくないと思っていました。親友に助けられました」
1人でなくてアンサンブルでの演奏を
良子さんが一番長く続けている趣味は鍵盤楽器演奏。
4歳のときにオルガンが弾きたいと言った良子さんに「なぜか父はエレクトーンを買ってきて」以来、エレクトーン、シンセサイザー、そして今はもっぱらピアノを弾いている。
ジャズピアノである。
「仕事がきつくて精神的に落ち込んでいた頃、ピアノの先生が、アンサンブルのグループを作ってくれたんです」
通っていたピアノ教室では1人で弾くことはあってもアンサンブルはしていなかった。
学生時代にバンドを組んでいた良子さんは、人と演奏することの楽しさを思い出した。
「4歳から続けたエレクトーンはメロディーも伴奏も、ベース音もボタン一つで出るので、1人で演奏を完結できるのですが、1人が嫌になったので、グループでキーボードをするようになりました。アンサンブルってバンドと同じなんですよね。私より若い人たちとの5人のグループです。編成は、エレクトーン3台とドラムと私のピアノです」
このアンサンブルグループでコンテストに出るために練習をした。
不調な中でも良子さんには避難する場所があったのは救いだった。
「仕事が忙しくても、人と練習する約束があれば、優先的に時間を作ろうと思えたのもよかったです。しかも、かなりノリノリの楽曲だったんですよ」
好きな仕事だったが壁にぶち当たる
幼い頃から親しんできた音楽の次に好きだったのが動植物に触れること。
大学は農学部に進み、ずっと生物を学んでいられる教師の道に迷うことなく進んだ。卒業後
は都内私立中高一貫校の教師となり、子どもたちに自分の好きな分野を教えるのが楽しかった。
30代半ばで母を亡くし、そのショックの大きさから、ぎっくり腰になったが、仕事自体はずっと順調だった。
しかし、良子さんが40代になった頃から、少子化のあおりを受けた勤務先の学校は営業活動に力を入れるように。
良子さんは広報担当に選ばれた。
「最初はできることはやっていこうと思っていましたが、仕事の8割9割が生物の授業をすること以外になっていったので、すごく辛くなりました」
クラス担任と専門の授業に加えて、学校の広報活動のために小学校や中学校を訪問するなど残業も続いた。これがちょうど更年期の時期だった。
「順調でバリバリ仕事をしていたのが、本題と外れていく感じがしてやる気がなくなりました。肉体的にも疲労感が取れなくて神経痛にもなるし、何のために働いているんだろう?と壁にぶち当たりました。精神的にも落ち込んでいきました」
それまでは整体治療を受けたり、ジムや太極拳で体を動かしたりしていたが、忙しくてどれも行くことができなくなった。親友に誘われて聞いた仏教講話や、生涯の趣味である楽器演奏によってかろうじて仕事を続けていたが、とうとう休職することを決めた。
40代後半の転機から還暦の退職まで
「あの頃は、相当ギリギリだったんだと思います。いわゆる鬱になっていたんでしょうね」
47歳で、半年ほど休職した良子さんは、復帰後は専任教師として生物の授業に専念した。そして8年後、よりゆったりとした環境の学校に非常勤講師として転職。
「55歳で転職して退職するまでの5年間は、とても満たされた教員生活でした」
そして、2024年に60歳で退職。
「教師の定年はまだまだ先なので少し迷いました。でも、60歳で仕事に区切りをつけた友人が、とても充実して楽しそうにしているので、私も決意しました。確かに還暦になったら、気が楽になったというか、なんだかすごく楽しいんですよ」
時間に余裕ができたところで、太極拳を再開し、尊敬する師匠に本格的に学びはじめた。
「もうすぐ90歳になる父も太極拳をしているので、一緒にできるのもいいですね。年をとってもずっとできる運動です」
そして生物好きの良子さんらしく、近所の公園植栽のボランティアも始めた。
「通勤するときのバス停でいつも、いいところだなあと見ていた近所の公園です。ベテランの方がされているので、学ぶことも多くて、恵まれていますね。でも振り返れば、閉経を迎える頃には、このまま結婚もせず、子どものいない人生で果たしていいんだろうかとも思いました。普段はそんなことを気にしたことなかったのですが、2日くらい落ち込みましたね。閉経自体は体調不良などもなく、気づいたら終わっていたという感じだったんですけどね」
かつて更年期の頃には精神的に大きな危機があった。
好奇心が旺盛で、学び続けることで、それを乗り越えてきた良子さん。とても自然に、子どものような眼差しで興味を素直に追いかけている。自然体という言葉がぴったりだ。

今後は、ライブハウスでのコンサートや、セッションに参加できるよう、レッスンや練習を増やしたいという。

「母が亡くなってから27年もの間、常に父自身で健康を維持し、今も変わらず人生の手本となってリードしてくれていることに、尊敬と感謝をしています」。
体幹がしっかりしていて片足立ちも軽々。
〜私を支えるもの〜

40代後半から続く神経痛がまだ完全に治らず、その緩和のためにもちょうどいい運動になっている。


ボランティアをしている近所の公園には、太極拳の先生からいただいた夜香木や茉莉花の苗を移植した。「植物とは一生付き合っていきたいので、パーマカルチャーや自然農の勉強も
していきたいです」
聞き手:石田紀佳さん
手仕事と自然に関わる人の営みを探求するキュレーター。朝日カルチャーセンターなどで季節の手仕事講座を開催。池尻にオープンしたホームワークヴィレッジにて植栽管理。村の庭ブログ:https://homeworkvillagegarden.blogspot.com/
撮影/白井裕介 聞き手・文/石田紀佳 編集/鈴木香里
※大人のおしゃれ手帖2026年2月号から抜粋
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この記事を書いた人
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