【神野三鈴さん】連載
「旅のとちゅう」
頬を撫でていく風に爽やかな心地よい優しさを感じて、植物も人間も、街までも、ほっと一息ついているよう。待ち焦がれた秋の訪れですね。
年々短くなっていく秋や春。四季の移ろいがどんなに豊かな感性と潤いと生命をもたらしてくれていたのか痛感している。
私は穏やかな日本の秋を味わいたくて、旅に出たくなった。普段は撮影や舞台の地方公演など仕事での旅が多い。
海外も映画祭に呼んでいただいたり、タイミングが合えば夫の演奏旅行に同行して、いろんな国を訪れることができるのは、幸運な人生と感謝している。
でも、旅の目的は決まっているので、そう好き勝手には動けない。何より我が家には帰りを待つ三匹の子ども達がいるので、仕事が無いときは家で過ごすようにしている。
そういうわけで、私の心の中の「いつの日か仕事抜きでゆっくり訪れたいぞリスト」は増えていくばかりだ。固まった価値観を壊しに異文化の国へ冒険に。もしくは懐かしい場所、会いたいあの人、ちゃんとお礼を伝えたかったあの人に会いにいくのもいい。
いつでも行ける、会えると思っていたものがそうではないのだと、この年になって身に沁みている。体がまだ動いて、好奇心もあって、会いたい人が生きている今、その時間を大切にしたいと強く思う。
どこに出かけよう! 思いを巡らせているときがとても楽しい。
それは今、私は自由だ! ということだから。行き先が決まったら、持っていく物をあれこれ思案する。旅は身軽が信条、この季節は着るものがかさばらず、ありがたい。
とはいえ、おしゃれの秋だから、軽くてシワにならない素材のちょっと華やかな柄のセットアップを一組。別々にも使えるから重宝する。訪れる場所を想像しながら服選び。
旅はもう始まっている。たまる一方の布製のショップバッグを数枚、下着や、Tシャツなどを分け入れ、トランクの仕切り用に。宿に着いたら、そのままクローゼットやバスルームのフックにかけて使う。
何ヵ所も回る旅でも荷造りが楽だし、忘れ物防止のためだ(国を越えて引き裂かれる靴下達の悲劇をくり返さないために)。
快適な旅には何が必要? となったとき、毎日飲むサプリが多くなったなぁと、今の「自分」が見えてきて面白い。必需品ではないが、旅用の携帯型スケッチブックと絵の具のセットは、中々出番がないのに仕事の旅に毎回持っていく。お守りの様に。
感じたものを写真や言葉ではなく絵で残したい、そんな気持ちにゆっくり時間を使うぞという願いだけはあるようだ。トランク一個、必要最低限の荷物でなんとかなるなら、普段の暮らしも物はもっと少なくてもいいのかも。
欲しい物で自分探しをしていた若い頃と違い、本当に必要な物だけで暮らすのもいい。
遠くへ行きたいという人間の未知の世界への尽きない欲望が移動手段を進化させ、そこで暮らしていない人のため開発し環境をこわしてきたのは事実で、私の小さな冒険も短くなった秋と全く無縁ではないだろう。
でも矛盾だらけだが外の世界を知ることで学べるものもある。ベルリンを訪れたとき、街全体からプラスチックゴミを出さないという確固たる強い意志を受けた。お店やホテルの飲料水は全て紙か瓶。
街の中心の華やかなエリアのビルから、昼どきになると一斉に働いている若者達が食事をするために出てくるのだが、大げさではなくほとんどの人がタッパーと水筒をむき出しで持ちながら、テイクアウトするた め、お目当ての店に列をつくっていた。
習慣が人をつくるなら人間の習慣が地球の環境をつくるのかもしれない。新しく必要となった習慣の結果を出すには強い意志と連帯が必要なのだと。
日本に戻った後、私はあの若者達の列の後ろに並んでいるつもりで暮らしている。旅の経験は種となって自分が根を下ろしている場所に蒔かれ、有形、無形、そのなかで混じり合い育っていく。そしてこの身体が出かけて行ったその場所はどんなに遠くても私の今いる「ここ」とつながっていることを教えてくれる。
そろそろ荷づくりができたので秋を求める旅に出るとしますか。
旅の途中であなたにお会いできますように。
MISUZU KANNO
神奈川県鎌倉市出身。第47回紀伊國屋演劇賞 個人賞、第27回読売演劇大賞 最優秀女優賞を受賞。代表作は舞台『メアリー・ステュアート』『組曲虐殺』、映画『37セカンズ』『大いなる不在』、ドラマ『アンチヒーロー』『ブラックペアン2』など。映画『アングリースクワッド』が11月22日公開予定。
文/神野三鈴 撮影/枦木功[nomadica] スタイリング/平井律子 ヘアメイク/奈良井由美
大人のおしゃれ手帖2024年11月号より抜粋
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