神野三鈴さんが語る、保護猫との愛しい日々
暖かくなって、昼間に街中で犬の散歩をよく見かけるようになりました。
ぽかぽかお日様を浴びながら、ゆったり楽しそうに歩いている姿はこちらまで幸せになります。
私が住んでいる鎌倉は愛犬家が多く、冬は防寒服、夏は日が落ちて地面の温度が下がってからのお散歩をするようで、お昼間にのびのび歩く彼らに多く出会えるのは、この季節の楽しみのひとつです。
すれ違うときに思わず「可愛いねえ」と呟くと大概の子が「ん?呼んだ?」とこちらを見ます。自分が可愛いってよくわかっているようです。
飼い主さんとも自然に話が弾みます。
微力ながら犬猫の里親探しや保護活動の応援を昔からやっている私にとって、何より嬉しいのが、保護犬、保護猫を家族に迎えている人がこの街にはとても多いことです。
犬のため海に引っ越してきた、という人にも出会います。そしてほとんどの方がおっしゃるのが「救ったつもりが自分が救われている」と。
今日はそんな動物たちと家族になる生活についてお話ししたいと思います。
生まれたときから動物と暮らしてきた。
最初の記憶はお守りをしてくれていたオリバーというブルドッグで、ハンモックから落ちる私を下で身を挺して守ってくれていた。
チルというミックス犬とは毎日一緒に海にいって遊んでいた。
小さな子どもと犬のコンビは漁師さんたちにも顔馴染みで、由比ヶ浜の浜辺でゆで上げたばかりのしらすをくれて私たちは分け合って食べていた。
猫や鳥、亀や爬虫類、行き場のない猿を預かったこともあった。皆、家族の誰かが保護した子たちだった。10代で一人暮らしを始め、今のように動物と暮らせる部屋もなく、アルバイト生活の中ではと諦めていたのも束の間、部屋に迷い込んできたキジ猫と大家さんにバレな
いよう暮らしていた。
月末にお金が無くなって、これならお互い食べられるだろうと買った魚肉ソーセージを猫が見向きもしないで跨いだときは、切なくて泣いたものだ。
20歳のときに運命の子たち、「いち」と「お姉ちゃん」という黒猫の姉弟と出会った。この二匹が信じられないくらい賢くて若い未熟な母親を支える健気な子どものよう。
何ひとつ粗相なく、度重なる引っ越しのときは自分からダンボール箱に入り、新しい街の猫会議に出席し地域の猫に挨拶を済ませ、ボーイフレンドと喧嘩して泣いたまま寝た私の枕元
にネズミをそっとプレゼントしてくれた(お気持ちだけで充分だったが)。
その後に来た二匹の子猫の面倒も率先して見てくれて、私が結婚してからは夫婦喧嘩をすると真ん中に入って仲裁を買って出た。
23歳、24歳で亡くなるまで、全身全霊で愛すること、命を生き切ることを教えてくれた。彼らがいなかったら、20代の私は、自堕落な生活をして身を滅ぼしていたかも知れないと真剣に思っている。
家族より、友人よりも長い年月を共にし、何より無償の愛を与えてくれた。
こんな不完全の私が彼らの全てだった。
もちろん長旅もできないし、お金もかかるし歳をとれば介護が必要だ。だが種族の違う生き物が心を通わせ、愛し合い、家族として暮らせるのは奇跡のように凄いことだと思うのだ。
長い人類の歴史の中で犬や猫は人間が友となるよう求めてきた。その結果、もう人間と暮らすしか逆に生きる場所がないことも事実なのだ。
「いち」と「お姉ちゃん」を見送った後、もう動物は飼わず自由に暮らそうと思ったが、お世話になった動物病院の先生に「経験のある人に飼ってもらえることは動物にとってとても幸せなことだから、もう悲しいから飼わないではなく、幸せな子を増やしてあげてください」と言われたとき、彼らに恩返ししたいと思い直して、保護されたばかりの仔猫に会いにいった。その子たちが今、18歳の「ゆっくり」と「おうじろう」だ。
「いち」たちのいない喪失感を、猫育てのてんやわんやや全然違う個性で癒してくれて、また私の方が幸せを貰っている。お気に入りの小話があって、可愛がられた子たちが亡くなり天国の門で名前を聞かれるとき、「カワイイタローです」とか「ダイスキヨタマちゃんです」と答えるんだと。
散歩中にあった子たちと一緒だね。自分の名前だと思うくらい、飼い主が可愛いねって言われてるんだと。そんな風に天国で答える子が増えますようにと、今日も私は祈るのだ。
白黒の「ゆっくり」は未熟児で保護。ゆっくり育ってくれたらと願い命名。今年で19歳、介護の始まり。でも可愛さは増すばかり。兄?弟?の「おうじろう」も一緒。キジトラのメイは6歳。夫婦で自由が丘にて捕獲。野生児のツンデレ姫。
そしてまさかの新顔。産まれてすぐに遺棄され、優しいご夫婦が保護し寝ずの授乳。ご高齢と先住猫がいるため里親募集。応募殺到で安心していたら、不思議な縁で我が家の家族に。出雲大社にお参りしているときに決まったので名は「いずも」。長生きしなくちゃ。
MISUZU KANNO
神奈川県鎌倉市出身。第47回紀伊國屋演劇賞個人賞、第27回読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞。代表作は舞台『メアリー・ステュアート』『組曲虐殺』、映画『37セカンズ』『ファーストキス1ST KISS』など。4月18日(金)よりドラマ『魔物』(テレビ朝日)がスタート
文/神野三鈴 撮影/枦木功[nomadica] スタイリング/田口慧 ヘアメイク/奈良井由美
大人のおしゃれ手帖2025年5月号より抜粋
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