酒井順子さんエッセイ
「かつての今と、"表情管理"考」
さいたまスーパーアリーナで開催されたビリー・アイリッシュのライブへ行ってきました。
その日のオープニングアクトは、なんと藤井風。
ビリー・アイリッシュのライブに行くのは初めてですが、藤井風を生で見るのも初めてなので、僥倖感に包まれました。
当日、さいたままでの遠さも楽しみな気持ちで乗り越えて、会場へ。
ツアーグッズで身を固めた人で、場内は祭りのような状態です。近隣諸国からこのために来日したと思われる方々も、あちこちに。
観客達の目的は、ライブを観ることだけではありません。ライブ会場で自分たちの姿を画像に撮ってそれをSNSで発信することもまた大きな目的であり、ほとんど任務のようなものなので、皆が自撮りをしまくっているのです。
その人達を見ていて思ったのは、今時の人は、素人さんでもいわゆる〝表情管理〟ができるのだなぁ、ということでした。
自撮り中、笑顔やすまし顔、はたまた唇を尖らせてほっぺを膨らませる……等、次々と表情を繰り出す彼女達。
様々なバリエーションで撮っておいて、後で最適なものをセレクトするのでしょう。
そんな人々を眺めつつ思ったのは、自分の若い頃のことでした。
いつの時代も若い女性は写真を撮るのが好きですから、私が高校生の頃も、フィルムカメラでせっせと写真を撮ったものです。
が、よりよく写るべく表情を変化させることができるような子は、「ぶりっ子」などと陰で言われがちだったもの。
それが今は、人前でも堂々と「私は、よりよく写りたい。もちろん、実物以上に」という欲望を全開にできる時代に。SNSによって、一般人の顔も多くの人に見られるようになったからこその変化でしょう。
そんなことを考えているうちに、いよいよ始まった藤井風のステージ。
もちろん会場は、沸きに沸きました。歌も姿も格好いい……! と、私も彼に見入っていた。ステージ上の彼の姿は、大型ビジョンに映っています。
自分の姿がどう映されているかをじゅうぶん意識した上で表情を変えたり動いたりしているその様子がまた格好いいというのも、極めて現代的。
他人からどう見られるかなんて気にするな! と言う人もいます。
が、「どう見られるか」を気にしていないフリをするより、ちゃんと気にする方が格好いい、という今の感覚は、案外健康的なのかも、と彼の姿を見つつ思ったことでした。
本番のビリー・アイリッシュも、もちろん目頭が熱くなるほどに堪能した私。
帰りに一枚だけ、ちょっと気取った表情で自撮りをしてみたのでした。
酒井順子さん
1966年、東京都生まれ。高校在学中から雑誌『オリーブ』にコラムを執筆。
大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆業に専念。2003年刊行の『負け犬の遠吠え』がベストセラーに。近著に『老いを読む、老いを書く』(講談社)、『松本清張の女たち』(新潮社)。
文・酒井順子 イラスト/升ノ内朝子
大人のおしゃれ手帖2025年11月号より抜粋
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この記事を書いた人
酒井順子さん酒井順子
1966年、東京都生まれ。高校在学中から雑誌『オリーブ』にコラムを執筆。
大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆業に専念。
2003年刊行の『負け犬の遠吠え』がベストセラーに。近著に『老いを読む、老いを書く』(講談社)、『松本清張の女たち』(新潮社)。
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