【インタビュー】「働けば働くほど人を幸せにできる仕事をしたい」
たいら由以子さんの原動力とは?
あぁ、若返る風呂に頭からつかりたい
「生理中の2日間ぐらいですが、そのときに講座があると、とくに大変でしたね。忙しすぎて、外食も多かったせいだと思います。これからこの活動をどうしていったらいいかも考え続けていたので、閉経を挟んで、夜の寝付きの悪さにも苦労しました」
漢方薬を飲んでみたり、体を温める対処をしてみたが、 「やっぱり食べ物は大事だなと思って、スタッフのぶんのお弁当も作って持っていっていました」
由以子さんらしく、周囲への気配りをする一方で、この先まだやらなくてはいけないことがたくさんある。人前で話す機会も多いというのに、鏡の中の自分を見てがっかりしたと言う。
「ぐっすり眠れないし、貧血もひどくて顔色も悪い、どうしたらいいの?」と、生き生きと活動している先輩たちを見ては途方にくれた。お金で解決できたらと、やたら高い嗜好品や化粧品を買ってしまったこともある。
「仕事のパフォーマンスも心の置き所も落ちていました。そういえば、あぁ、若返る風呂に頭からつかりたいと、眠れない夜を過ごしたこともありましたね」 会社を設立しようかと悩んでいた時期と更年期が重なったのだ。
この日は、食べ物と生ゴミについて話し合うイベントがあり、生ゴミ堆肥で大きく育った、渋谷リバーストリート産のルッコラをサンドイッチにしてふるまった。「食べ物をもう一度食べ物に変える」という由以子さんの目指す世界を伝えた。
80歳を前になお成長する母に励まされて
「今から思えば、忙し過ぎる私を気遣う母の愛情の裏返しだったと思うのですが、母との関係がすごく悪かったんです」 堆肥づくりの大先輩である、母の信子さんから学ぶために、信子さんに「循環生活研究所」に入ってもらった。
由以子さんとしては、父の死によって、母が孤独にならないようにという配慮でもあった。
「母はいつも父と行動していて友だち付き合いはあまりしていませんでした。人見知りが激しかったので、私たちと一緒に活動することは、母にとってもいいんじゃないかなと思ったのです。
でも母は活躍する反面、『あんたのせいで忙しくなった』と怒りばかりをぶつけてきた時期が続いて……」
なんとか一緒に活動をするために、「関係改善にいい」と言われる100以上のメソッドを試みた。例えば、会議の際に本の輪読をしたり、信子さんを含めみんなのいいところを確かめあうゲームをしたりなど、前向きな気持ちになる方法、思いを言葉にする練習などを取り入れた。
「すごく自分の学び、成長になりましたが、なかなか母との関係改善はできなくて、もうスタッフのためには母か私のどちらかがNPOを辞めるしかないところまで追い詰められました」
ところが、由以子さんが会社を設立する意思を固めると、信子さんはガラリと変わった。誰よりも状況を理解し支援と後押しをしてくれたのだ。そして80歳を目前に、発言がどんどん進化する。今では堆肥作り名人として、また野菜の加工品職人として、組織を牽引し、仲間に囲まれている。
「あれだけ成長を見せられると、私ももっとやれるんじゃないか、もっと成長できるかもと励まされました。希望を持って日々を過ごすことができるようになりました」 由以子さんは、人生の大先輩である母、信子さんを「心から敬愛している」と言う。
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