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大人のおしゃれ手帖 11月号

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大人のおしゃれ手帖
2024年11月号

2024年10月7日(月)発売
特別価格:1480円(税込) 
表紙の人:西田尚美さん

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【神野三鈴さん】
連載 「私の今日も 人類の歴史の中の一日なのだ!」

大人のおしゃれ手帖編集部

【神野三鈴さん】 連載 「私の今日も 人類の歴史の中の一日なのだ!」

ラヂオから流れてきた曲に雷に打たれたように電気が走り、とか、偶然見た番組で人生が、という話を聞いたことがある。
電波には目に見えない波動みたいなものがあって、それが共鳴するのか、運命のメッセージなのか。
今回は、この年齢だからこそ経験することが出来た、テレビが導いた、忘れられない旅のお話をお届けします。

【神野三鈴さん】 連載 「私の今日も 人類の歴史の中の一日なのだ!」

プラハ駅から街の中心部へ向かう路地。20年分の月日を巡る旅が始まりました。

深夜にテレビをつけながら猫にブラッシングをしていたら、チェコのプラハに暮らす10代の女の子と父親が、自分の国について語るドキュメンタリーが流れてきた。

旧ソ連からの無血の「ビロード革命」を市民の手で成し遂げ、民主主義を手に入れてから30年が経ち、現在の資本主義の世界しか知らない娘と青春時代に革命に参加した父親。
私たちと同じように政治に不満や不安を騙かたり、革命の話を昔の物語のように聞く娘の姿を、私は特別な感慨を持って見つめ、20年前、プラハで会ったひとりの青年のことを思い出していた。

プラハ。物心ついたときから何故か縁も所縁もないこの街に強く惹かれた。
前世でそこに愛した人を置き去りにでもしてきたの? というぐらいその名を見聞きしただけで胸がざわめき、今はないチェコスロバキアに関する映画や戯曲を貪るように欲した。
そしてとうとう、夫のヨーロッパ演奏旅行のわずかな休日を利用して行くことが叶った。

夕暮れに着いた20年前のプラハは、小雨に滲んだ外灯に薄暗い石畳の路地が入り組んでいて、小説の世界そのもの、まるで迷宮を彷徨っているカフカとすれ違いそうな雰囲気だった。
興奮しながら旧市街の安宿に辿り着き、食堂で冷えた体を温めるためにニンニクのスープを飲んだ。入口の横に番台のようなスペースがあり、20代前半の青年がはにかんだ笑顔で座っていた。

明日はどこに行くか、質素で暖房もあまり効かない部屋で計画を立てていたらどうも体の調子がおかしい。慣れないハードな演奏旅行に帯同したせいか夜中から高熱が出てダウンしてしまった。

時差ボケもあり寝るに寝られずテレビをつけたら、なんとその日は10年前にビロード革命が起きた前夜で、次の日の式典まで夜通し特別番組が放送されていた。

日本では見ることも叶わなかった、無血で革命を成功させるまでの戦いの日々、沢山の犠牲者を出した「プラハの春」を経て、昼間はビール工場で働き、夜は地下活動をしながら市民を率いた劇作家のハベル氏が大統領に就任するまでの記録。

演劇と政治が密接に関係し、影響力を持つこの国の市民が選んだ自分たちの大統領だ。
私たちはたった10年前に起こった、同世代の人々が起こした革命という生々しい事実に夢中になってテレビに齧かじり付いていた。

不思議なことに朝には熱も下がり街に出ると、まさに革命の現場だった広場は祝典のために花が飾られ、カレル城で行われる大統領のスピーチを聞くために歩く市民の列に私達は混じっていた。
まるで自分たちも革命に参加したのか? と錯覚を起こしてしまうほど、10年経ってなお、この街は自由を自分達の手で掴んだ熱気を孕はらんでいるのを肌で感じた。

宿に戻りフロントの青年に(お互い拙い英語で)生活はどう変わった? と聞くと彼は「僕らは自分たちらしく豊かになるため、アイデンティティを守りながら自由になるために戦ったんだ。ここを宿にして仲間と試行錯誤しながら初めて『商売』に挑戦しているよ。でもきっとあっという間にマクドナルドが出来て、他の都市と変わらない資本主義の国の風景に変わっていくだろうね。そのときどうなっているのか、戦いの結果はまだわからないね」

あれから20年、革命からは30年、テレビに映る少女の姿に人間の歴史の儚さ、変化の速さを痛感した。そして、まさか自分の生きてる時間の中でこんな歴史の移ろいを目撃するとは、と自分の歴史時間も長くなったんだなあとしみじみしてしまった。

そんな話を編集者さんに話したら「でも30年でそんなに変わるなら、この国も30年あればいい方向に変わる可能性があるってことね!」なんて力強い! 心強い! なるほど、確かにそうかもしれない。

次の世代に何を残したいのか、変化しながらも変わらないアイデンティティとは何だろう。

テレビの中で「君が君の望む自由を手にしてほしくて僕たちは戦ったんだよ」と話している父親はあのフロントの青年だったりしてと想像は止まらない。

無性に今のプラハに行ってみたくなった私は、只今、プラハに来ています。
私の歴史もまだ途中。何と戦い、何を守って行くのだろう。

カレル城を望む橋の上で踊る58歳。街の景色が変わらないことは人間にとって、記憶を失わないために大切なのではないかなと改めて強く感じました。
たとえ今は観光客しかいなくても…の舞です。確かに生きた記憶が、そこで流れた歴史の瞬間が蘇る、その経験がない者に、想像させる力になると思いました。

建物が変わらないので、20年前に歩き回った土地勘が蘇るけど、あの青年の予言?通り、マクドナルドやお馴染みのアメリカのブランド店が入ったモールや沢山の大麻のお店まで!
スーパーマーケットの上にコミュニズム博物館。
30年前の社会主義時代の生活が「展示」されていました。隔世の感を禁じ得ません。

プラハ駅は昔のまま。どこか寂しさを感じる整然さと対照的な装飾の美しさ、ソ連の残り香をふっと感じる。平日の午後だからか利用客も少なく1軒だけあるカフェにも人影がないから余計にそう感じたのかも。大らかな生活感がない、ちょっと冷たい印象を。
ここでも沢山のドラマがと想像が止まらなくなります。そして感じるとじっとしていられない、お行儀の悪い私。

チェコといえばマリオネット! 諸外国に占領を繰り返されてきたこの国が、自国のアイデンティティや言語を人形劇という形で守っていたからだそう。
劇の内容も政治風刺や時事ネタだったとのことで、ちょっと怖いリアルな顔にも納得。おもちゃ屋さんに並ぶ人形の顔が20年前より可愛くなっていました。

相棒君のコンサートのポスターを発見。JAZZのコンサートが出来ることは国が自由になった証。全ての武器が楽器になればいいのに。

MISUZU KANNO
神奈川県鎌倉市出身。第47回紀伊國屋演劇賞 個人賞、第27回読売演劇大賞 最優秀女優賞を受賞。主な出演作に舞台『メアリー・ステュアート』『組曲虐殺』、ドラマ『マイファミリー』、映画『LOVE LIFE』『37セカンズ』など。待機作に4月期TBS日曜劇場『アンチヒーロー』、映画『不死身ラヴァーズ』などがある。


文/神野三鈴 撮影/枦木功[nomadica] ヘアメイク/奈良井 由美

大人のおしゃれ手帖2024年7月号より抜粋
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