小泉今日子と…「新しい女性の生き方」を提示した、ふたりの「キョウコ」
ステレオタイプな女性像を打ち破ってきたふたり
小泉さんと岡崎さん、一見、接点のなさそうなこのふたりの共通点のひとつが、ファッション誌との関わりが深かったこと。これは、長くファッション誌の研究をしてきた著者だからこその着眼点といえそうです。
たとえば、80年代のティーンエイジャーにとってはバイブル的存在だった、雑誌『Olive』。小泉さんは、まだアイドルがファッション誌に出ることが少なかった時代から同誌にたびたび登場し、DCブランドを軽々と着こなす「おしゃれアイドル」のイメージを築いていました。さらに『アンアン』では、モデルとして出るだけでなく、アイドルとしては画期的な、エッセイの連載もスタート。SNSの普及した今では当たり前のことですが、芸能人がみずからの言葉で思いを直に発信する…というのは、当時はめずらしいことだったはず。そのことからも、小泉さんが型破りなアイドルであったことが分かります。
一方、岡崎京子さんは小学生の頃に、少女漫画誌に残る萩尾望都の名作『ポーの一族』に衝撃を受けて、マンガ家を志します。高校生時代には、『花とゆめ』にも投稿したそうですが、Cクラスという結果に。マンガ家としてのキャリアは王道の少女マンガとは少し異なる、読者投稿誌の「ポンプ」という場から始まっています。
その後、サブカル誌や青年コミック誌、一般誌での掲載を経て、宝島社の『CUTiE』でも執筆するように。『CUTiE』では『ROCK』や『東京ガールズブラボー』、『リバーズ・エッジ』、『うたかたの日々』といった代表作を連載し、80~90年代のポップカルチャーを切り取ってきました。
そうしたキャリアから読み取れるのは、ふたりがともに従来のステレオタイプな「アイドル像」「少女マンガ家像」を打ち破り、独自のスタンスでキャリアを積んできたこと。振り返ってみると、80〜90年代はまだ保守的な価値観が蔓延していた時代です。そんな時代に、女性の新しい生き方を提示していたからこそ、女性たちはふたりに憧れ、熱狂的に支持してきたのかもしれません。
「大人女子」のロールモデルとなった、小泉今日子さん
『小泉今日子と岡崎京子』を通じて、あらためて実感させられるのは、小泉さんが30代以降の女性のロールモデルとして、「大人女子」の代表としての役割を引き受けてきたということ。その皮切りとなったのが、「30代女子」をコンセプトにした宝島社のファッション誌で、2003年創刊の『InRed』。同誌が打ち出したのは、30代になったとしても他者に媚びることなく、自分の好きな服を着て、好きなように生きようとする、「30代女子」のあり方です。
かつての30代女性といえば、結婚や出産を経て、いい妻・いい母親として生きていく……という姿がスタンダードなものでした。そうした女性像とは異なる、未婚、既婚、専業主婦、キャリア、母親……といった肩書きにとらわれない新たな30代女性の姿を示した同誌は、多くの同世代の支持を得ることになります。このイメージモデルをつとめたのが、小泉さんでした。
そこから7年が経ち、「30代女子」が不惑を迎える頃に誕生したのが、「40代女子」をターゲットにした、同じく宝島社のファッション誌『GLOW』。その創刊号の表紙をYOUさんとともに飾ったのも、40代を迎えていた小泉さんでした。もちろん、40代女性を読者層とする雑誌はすでにありましたが、その多くは、既婚者や子育て中の女性を対象としたもの。子どもの有無にかかわらず、自分の人生を歩みたいと考える女性が増えた時代において、「いくつになっても、自分らしく生きていい」と女性たちを鼓舞する存在として、小泉さんはぴったりだったといえるでしょう。
そして、『大人のおしゃれ手帖』をはじめ、50代以降の女性のためのファッション誌も登場してきた現在。かつての50代女性とは異なり、若い頃からファッション誌に親しみ、おしゃれが好きでトレンドにも敏感な人が増えたことが、その背景にあります。
本書でも繰り返し述べられているように、小泉さんは、女性が年を重ねることをポジティブに捉え、自由な生き方を提唱してきた、“大人女子の水先案内人”と言える存在。独立してみずから事務所を立ち上げたり、プロデューサーとして作品を手がけたり……と、50代以降も新たなチャレンジをし続けている小泉さんだけに、今後も新しい女性の生き方を率先して示し、私たちを勇気づけてくれるのでしょう。
「言葉の強さ」で多くの人を引きつけた、岡崎作品
ここで再び、岡崎さんのキャリアとその作品に焦点をあててみたいと思います。同時期にデビューしていた桜沢エリカさんや内田春菊さんらとともに、1980~90年代を代表するマンガ家として活躍していた岡崎京子さん。1996年に不慮の事故によって休筆を余儀なくされた後も、未収録作品が単行本化されたり、『ヘルタースケルター』『リバーズ・エッジ』『ジオラマボーイ★パノラマガール』といった作品が映画化され、新たな若い読者も獲得しています。2015年には東京・世田谷文学館で初めての大規模な展覧会が開催され、同館の開設以来の2万3000人を超える来場者を記録したそう。そのことからも、今もなお、多くの人に愛されていることがうかがえます。
なぜ、20年以上も前に描かれた作品が、多くの人の心を捉え続けているのでしょうか。岡崎作品の特徴のひとつが、固有名詞をふんだんに用いることで、その時代の空気感をリアルに映し出していること。文学やマンガ、音楽、映画といった作品の膨大なオマージュも印象的です。代表作の『リバーズ・エッジ』には、アメリカのSF作家、ウィリアム・ギブソンの詩から「平坦な戦場で僕らが生き延びること」という一節が挿入されています。
加えて、洗練された作画や登場人物たちが着こなすファッションも、同世代の読者を引きつけました。そうした時代性と同時に、女性たちの連帯=シスターフッドのような、普遍的なメッセージが含まれているのも特徴的です。そして岡崎作品といえば、何よりも言葉の強さ。どの作品にも、心をえぐるような印象的なフレーズがあり、読んだ後も読み手の心に長く残り続けているのが、最大の魅力と言えるのではないでしょうか。
岡崎さんの代表作として真っ先に挙げられるのが、“愛と資本主義をめぐる冒険と日常の物語”を描いた『pink』、そしてバブル崩壊後の空虚な空気感が漂う『リバーズ・エッジ』ですが、もちろんそれ以外の作品も、今も色あせない名作ばかり。その中から、あらためて読み返したい、いくつかの岡崎作品を紹介したいと思います。
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