カンヌ国際映画祭「クィア・パルム賞」とは? 名作揃いの歴代受賞作3選
『燃ゆる女の肖像』© 2019 Lilies Films / Hold-Up Films & Productions / Arte France Cinéma
今年もカンヌ国際映画祭が開催されましたが、カンヌにはパルム・ドール(最高賞)以外にもさまざまな賞があります。そのなかのひとつ、クィア・パルム賞とは、LGBTQに関連した優れた映画に贈られる賞のこと。パルム・ドールなどの公式部門とは別の「独立賞」として2010年に創設されました。
過去にはグザヴィエ・ドラン監督の『私はロランス』(2012年)やトッド・ヘインズ監督の『キャロル』(2015年)など日本でも人気の高い作品が選出されており、近年では日本人監督として初めて是枝裕和監督の『怪物』(2023年)が受賞したことも話題になりました。今年の受賞作も気になりますが、この原稿を書いている時点ではまだ発表されていないので、結果を楽しみにしつつ、歴代受賞作のなかから比較的新しい3作品を紹介しましょう。
目次
女性同士の愛を通じて訴える、自由な精神の尊さ(2019年受賞作)
『燃ゆる女の肖像』
『燃ゆる女の肖像』© 2019 Lilies Films / Hold-Up Films & Productions / Arte France Cinéma
18世紀、画家のマリアンヌは、ブルターニュの孤島に暮らす伯爵夫人から娘エロイーズの見合いのための肖像画を依頼されます。結婚をしたくないエロイーズは前任の画家に顔を見せなかったため、マリアンヌは身分を隠して彼女に近づき、密かに肖像画を描きます。真実を知ったエロイーズは完成した絵を批判しますが、意外にもモデルになると言います。画家のマリアンヌはモデルのエロイーズを見つめ、エロイーズもまたマリアンヌを見つめ返し、二人は恋に落ちるのでした。
『燃ゆる女の肖像』© 2019 Lilies Films / Hold-Up Films & Productions / Arte France Cinéma
女性が自立して生きることの難しかった時代、マリアンヌは自分が描いた絵を父の名前で発表するしかなく、エロイーズは本人の意志とは関係なく結婚させられます。力を持っているのは男性ですが、この映画には男性はほとんど出てきません。
肖像画を描き直す期間は、伯爵夫人が旅から戻ってくるまでの5日間。主人が不在の屋敷では、エロイーズとマリアンヌ、召使いのソフィが身分も関係なく、友達同士のように仲良く過ごします。オルフェウスが死んだ妻エウリュディケを冥府から連れ戻そうとする「変身物語」の一節を朗読し、約束を破って振り返ったオルフェウスの行動について意見を交換しあったり。このシーンが、この後のエロイーズとマリアンヌの関係を示唆しています。
『燃ゆる女の肖像』© 2019 Lilies Films / Hold-Up Films & Productions / Arte France Cinéma
監督・脚本はセリーヌ・シアマ、エロイーズ役をシアマ監督の元パートーナーだったアデル・エネル、マリアンヌ役をノエミ・メルランが務めました。別れを覚悟して突き進んだ女性同士の恋愛を通じて自由な精神の尊さを美しい映像とともに描いた名作です。
『燃ゆる女の肖像』
2019年製作
<廉価版>
Blu-ray ¥2,200
DVD ¥1,257
発売・販売元:ギャガ
© 2019 Lilies Films / Hold-Up Films & Productions / Arte France Cinéma
上映禁止を乗り越えた、心揺さぶられるパキスタン映画(2022年受賞作)
『ジョイランド わたしの願い』
『ジョイランド わたしの願い』© 2022 Joyland LLC
パキスタン映画として初めてカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、「ある視点」部門審査員賞とクィア・パルム賞を受賞した本作。トランスジェンダーの恋を描いていることから本国パキスタンでは上映禁止処分を受けたものの、人権活動家マララ・ユスフザイらの支援で一部の地域を除いて上映が実現しました。
『ジョイランド わたしの願い』© 2022 Joyland LLC
パキスタンの大都市ラホールで、9人で暮らすラナ家では、家父長制に則った伝統的な暮らしを続けています。次男で温厚な性格のハイダルは失業中で、その妻のムムターズは仕事にやりがいを感じながら家計を支えています。
二人はそれでうまくいっていますが、世間体を気にする父と兄は、ハイダルに職探しと子作りのプレッシャーをかけます。ある日、友人にバックダンサーの仕事を紹介されたハイダルは、そこでトランスジェンダー女性のビバと出会い、パワフルに生きるビバに心惹かれていきます。
『ジョイランド わたしの願い』© 2022 Joyland LLC
一方、ハイダルが仕事に出かけるようになったことで、家長である父はムムターズに仕事を辞めて子作りに専念するよう言い渡します。
『ジョイランド わたしの願い』© 2022 Joyland LLC
監督はこれが長編映画デビュー作となるサーイム・サーディク。家父長制により生きがいを奪われる女性たちの絶望や抑圧される若い男性たちの生きづらさ、トランスジェンダーの恋愛に対する偏見を描き、古い制度や考え方に一石を投じています。
『ジョイランド わたしの願い』© 2022 Joyland LLC
誰かを悪者に描くようなことはなく、語り口は優しく控えめ、映像も美しい本作。それでいて男尊女卑や差別的な社会への怒りや虚無感、変わらねばというメッセージを強く訴えかけます。
『ジョイランド わたしの願い』
2022年製作
DVD ¥4,180
※2025年7月2日発売
提供:セテラ・インターナショナル
販売元:アルバトロス
© 2022 Joyland LLC
バレリーナを目指すトランスジェンダーの苦悩を真摯に描く(2018年受賞作)
『Girl/ガール』
『Girl/ガール』© Menuet 2018
15歳のトランスジェンダー少女のララがバレリーナを目指す物語。これが長編映画デビュー作のルーカス・ドン監督が、実在のトランスジェンダーのダンサーであるノラ・モンスクールのことを報じた記事を読んで映画化を考え、ノラの協力を得て制作されました。
難関のバレエ学校への入学を認められたララは、娘を応援する父親に支えられながら、夢を叶えるために血のにじむような努力を重ねます。同時に、性別適合手術を控えているため、ホルモン補充療法を受けています。このような状況で、ララは思春期の身体的な成長に戸惑い、他の生徒の無邪気な言動や嫉妬に傷つき、徐々に心が追い詰められていきます。
ドン監督は、男性の体であるララが女性用レオタードを着るために股間にテープを貼っているシーンをはじめ、肉体的なこと、家族や友達との関係、恋のことなど、ララに実際に起こりうる問題を避けることなく、しっかりと向き合って描写しています。
ララ役を演じたのは、当時アントワープのロイヤルバレエスクールに通っていた少年ビクトール・ポルスター。ダンサー役のオーディションを受けたら主役に抜擢されたというポルスターは、これが映画初出演とは思えないほど、ララの愛らしさ、強さ、葛藤、苦悩を繊細に演じています。
『Girl/ガール』
2018年製作
Blu-ray+DVDセット ¥5,280
発売元:クロックワークス
販売元:TCエンタテインメント
© Menuet 2018
※画像・文章の無断転載はご遠慮ください
※価格は、断りのある場合を除き、消費税込みで表示しています
※この記事の内容および、掲載商品の販売有無・価格などは2025年5月時点の情報です。販売が終了している場合や、価格改定が行われている場合があります。ご了承ください
この記事の画像一覧
構成・文
ライター中山恵子
ライター。2000年頃から映画雑誌やウェブサイトを中心にコラムやインタビュー記事を執筆。好きな作品は、ラブコメ、ラブストーリー系が多い。趣味は、お菓子作り、海水浴。