『フィンランドで気づいた小さな幸せ365日』
著者 島塚絵里さんに聞く
フィンランドで活躍するテキスタイルデザイナー、イラストレーターの島塚絵里さん。現地での日常を綴ったフォトエッセイ『フィンランドで気づいた小さな幸せ 365日』が好評です。「行ったことがある人も行ったことがない人も、今のフィンランドを知って楽しめる一冊に仕上がりました」という島塚さんに、お話をお伺いしました。
目次
自分らしく居られる国、フィンランド
――この本には「フィンランドに渡ってからの15年間が詰まっている」と島塚さんは言います。
島塚 15年、あっという間でした!(笑) フィンランドに移住したての頃にした皿洗いのバイトのことや、マリメッコの店員の仕事を当初はフィンランド語が話せないことから断られたこととか、フィンランドに来たきっかけなどもちりばめながら、15年分を振り返っています。軌道に乗るまでは、スムーズにはいかず、必要なときは2,3度チャレンジをしながらちょっとずつ切り拓いていきました。とりあえずいろいろやってみました。でも、不思議とホームシックはあまりなくてですね、なんでだろう。フィンランドが自分に合っているのかもかもれしれないですね。自分らしく居られるというか。13歳のときに、ホームステイのプログラムで初めてフィンランドを訪れたんですけど、そのときも水を得た魚といいますか、のびのびとできる感じでした。
ゴッドファーザー、ゴッドマザー
――フィンランドは治安がよくて暮らしやすい国、といわれます。自転車泥棒みたいな、集団組織的な犯罪はあるものの(島塚さんの旦那さまは自転車を7回も盗まれたそうです)、「赤ちゃんを外で寝かせていたりとか(笑)、治安はいいですね」(島塚さん)。現在、夫と6歳になる娘との3人暮らし。子どもにまつわるエピソードもたくさん描かれています。
島塚 「ゴッドファーザー、ゴッドマザー」というよい仕組みがあります。もともとキリスト教のしきたりなのですが、赤ちゃんの洗礼式にゴッドマザー、ゴッドファザー(名付け親)を命名します。昔は、親に何かあった時の親代わりという意味合いがありましたが、今では子供の成長を一緒に見守ってくれる親戚のような存在です。誕生日を一緒にお祝いしたり、ゴッドマザーに娘を預けて、夫婦でちょっと出かけたりすることもあります。みんなで一緒に子供を見守っていくという素晴らしい仕組みなので、日本でも取り入れられたらいいなと思います。
コロナのおかげで近づいた、家族ぐるみのおつきあい
島塚 コロナのおかげというのか、娘の友人家族とすごく仲良くなり、まるで親戚のような仲になりました。同じ保育園に通っているのですが、決まった家族同士の付き合いならリスクが少ないということで、コロナ禍でも一緒に遊んだり、ごはんを食べたりしていました。コロナ対策として推奨されていたわけじゃないですが、自然とそういうふうになりました。クリスマスは家族のイベントなので、普段なら友だち同士では過ごさないものですけど、(コロナ対策として)70歳以上の人とは会わないほうがいいと言われていたので、みなさん親には会わない感じで。それで友人家族と一緒にクリスマスを過ごしたりして、ぐっと距離が近づいたんです。娘と友人は同じ年で6歳、元気にプレスクールに通っています。コロナで深まる縁もあるんだなと思いました。
もっと「自然」と親しむ機会が増えた
島塚 コロナで暮らしがガラッと変わったというのはありません。ただもっと「自然」と親しむことが多くなりました。以前住んでいた家はすぐ裏に森があって、散歩に行くといつもより森の人口が増えていましたね。子どもは外で遊ばせることには制限がなかったので、よく外で遊ばせていました。「アヴァント」という寒中水泳もじわじわと流行っていて、私も去年の秋から週に一回ほど海で泳いでいます。冬は海が凍るのですが、氷に穴を開けて、そこで泳ぐのです。全身がしゃきっと目覚めるような感覚があり、病みつきになる人が多いようです。免疫力が上がり、風邪をあまり引かないようになると言われています。また、「夏小屋」でリモートワークをする人も増えました。もともとコロナ前からリモートワークの傾向はありましたが、コロナを機に定着しました。
フィンランドの距離感は日本と似ている
――フィンランドでは早くからコロナ対策がなされて、同じ北欧のスウェーデンやイタリアなどのヨーロッパと比較すると、最悪な状況には陥らなかったといいます。
島塚 ロックダウンはあまりしていなかったですね。フィンランドって他人との距離感が少し日本と似ていると思うんです。象徴的なのは、バス停では等間隔で少し離れて並んでいたりするんですよね。だからもともと、コロナ対策はできていたというか(笑)。イタリアなど人との距離感が近い国や、世代を超えて家族が一緒に暮らしていることが多い国は、大変だったのかなと思います。
子育ては両親の仕事
――フィンランドは日本人にとって憧れの国。より生きやすくなるために、私たちがフィンランドに学ぶべきことはなんでしょうか。
島塚 「カテゴライズ」を減らす、ことだと思います。「アラフォー」「アラフィフ」「ナントカ女子」「天然」……いっぱいありますけど、日本ってカテゴライズが大好きな国。そんなに簡単に人間って分類できないと思います。カテゴリーに当てはめることで、自分のことを苦しめているのではないかな。そこから解放されることで楽になることがあるのでは、と思います。
――人と違っていいみたいな感覚が日本では薄くて、ちょっと変わったことをすると目立ってしまったり。
島塚 そう! みんなそれぞれ変わっていると思うんですけどね。「イクメン」も、フィンランドでは(父親も子どもの面倒を見るのが)特別なことでないから、わざわざ言わないですね。みんなイクメン、イクママなので。子育ては、男女関係なく、人の仕事という感覚があるように思います。
引っ越しは子どもの人間関係を尊重して
――地域のコミュニティというのはあるのでしょうか? どこかコミュニティに属さなければ、といった感覚。
島塚さん コミュニティ、そうですね。小学校時代から仲がいい人、つまり幼馴染と長い付き合いをしている人は結構いるんですよね。私たち一家は1年前に、それまで住んでいた家を売って引っ越しをしたんです。そのとき周囲から言われたのは「子どもが小学校に入る前に引っ越すのは正解だよ」。小学校に入ったらそのエリアから引っ越しがしにくくなる、と。住むエリアは小学校で決まるのか!って驚きと同時に、親が子どもの友人関係を重視していて、住むところも決めてその環境を作ってあげているのかと感心しましたね。
女性リーダーにも愛されるマリメッコ
――島塚さんがマリメッコでデザイナーとして勤務されていたとき、感じられたことは?
島塚 マリメッコは女性が活躍する会社というイメージがあります。マリメッコの社長もこれまで女性が多く、働く人の9割以上が女性の会社。いつも誰かしら出産で休んでいたり、何名かはおなかが大きな方が働いていて。それでまた戻ってくる。産休で不在の間、人を補充して、というサイクルができていました。マリメッコの服は政治家など女性リーダーやキャリアウーマンに人気で、国の代表という意識があるからかもしれませんが、マリメッコを着ることは多いですね。
チャンスは自分次第!
島塚 フィンランドでは、大学に進学したら国から生活手当と住居手当がでます。学費は無料で、手当は返済する必要がないので、週末や長期休みのアルバイトで自立できるので、高校を卒業後は実家をでて、独り立ちする子供が多いです。国からの支援があるので、シングルペアレンツ、収入の差など関係なく平等に教育を受けられるチャンスがあるんです。高学歴の親を持つ子供は進学率が高いというデータはあるようですが、誰にでもチャンスは平等に与えられているので、境遇を理由には言い訳ができない。可能性は自分次第ということになります。私が進学した頃は、外国人であっても学費が免除されました。きちんと税金が活用されていることを感じるので、税金を払うことには抵抗はありませんね。
人生に無駄はない
――本の中では、島塚さんは写真も撮られています。
島塚 そうなんです。私が日常で撮影した写真です。お借りした写真もありますが9割くらいは自分で撮っています。ページの組み合わせは編集の方に組んでいただいたんですが、その組みわせにもこだわりがあります。例えば、3月1日&2日のページですが、3月1日は「女性リーダーたち」と題し、フィンランドのマリン首相をはじめとするリーダーのお話、お隣のページの3月2日は「自分が何をしたいか」と娘のエピソード語られています。「今のリーダー」のお隣に「将来のリーダー」になるかもしれない子供のことが書かれているのは面白い組み合わせだなと思います。
――この本のために1年半かけていろんなエピソードを集めたらしいですね。
島塚 フィンランドに暮らした15年分ですから、自分の人生を振り返る、いいきっかけになりました。「死なない限り、どんなこともあなたを強くする」というフィンランドのことわざがあるのですが、大変な時期もありましたが、今振り返るとすべてつながっているな、無駄はなかったなと思います。日々のなにげない小さな幸せがなによりも大切だということをコロナ禍でも学びましたが、そんな小さなエピソードを拾い集めて綴りました。くすっと笑えたり、ふっと肩の力が抜けたり、ちょっと明るい気持ちになって頂けたらうれしいです。
*ここでご紹介したフィンランドの写真はすべて、島塚絵里さんが撮影されたものです。
『フィンランドで気づいた小さな幸せ365日』
(島塚絵里 著/発売元 パイ インターナショナル 1,925円)
島塚絵里
フィンランド在住のテキスタイルデザイナー、イラストレーター。1児の母。津田塾大学を卒業後、沖縄で英語教員として働く。2007年、フィンランドに移住し、アアルト大学でテキスタイルデザインを学び、マリメッコ社でテキスタイルデザイナーとして勤務。2014に年独立し、国内外の企業にデザインを提供、CMの衣装など多方面で活躍。kippisのテキスタイルデザイナーとしても活躍。
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