『あんぱん』脚本家・中園ミホさんが語る
やなせたかしさんとの奇跡のご縁 俳優・神野三鈴さん対談
目に映るもの、心に浮かぶ思いを温め、大切なときを生きていく。俳優・神野三鈴さんが、自身のこれまでと現在を率直に綴る本誌連載。
今回は、素敵なゲストをお招きしての特別編です。
不安の多い現代社会・その中で、それでも健やかに暮らしていくために私たち大人に求められていることとは?
神野さんが出演中のNHK連続テレビ小説『あんぱん』を手がける脚本家・中園ミホさんと、今の時代に対して思うこと、仕事と人生、そして、お二人の〝ご機嫌〟の秘訣を語ります。
俳優
神野三鈴さん
神奈川県鎌倉市出身。第47回紀伊國屋演劇賞個人賞、第27回読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞。代表作は舞台『メアリー・ステュアート』『組曲虐殺』、映画『37セカンズ』『ファース
トキス1ST KISS』など。4月よりドラマ『魔物』(テレビ朝日)、連続テレビ小説『あんぱん』(NHK)に出演中。
脚本家
中園ミホさん
東京都出身。日本大学藝術学部卒業後、広告代理店に勤務、占い師を経て脚本家に。『ハケンの品格』が放送文化基金賞と橋田賞を、『はつ恋』『Doctor-X 外科医・大門未知子』で向田邦子賞と橋田賞を受賞。ほかにも『やまとなでしこ』『西郷どん』など執筆作多数。NHK連続テレビ小説『あんぱん』の脚本を担当。
やなせさんとの不思議な縁に導かれた私たち
神野 『あんぱん』の主人公・のぶの夫となる、柳井嵩(やないたかし)のモデルであるやなせたかしさんと中園さんとの間には、不思議なご縁があったんですよね。
中園 10歳で父を亡くしたとき、落ち込んでいる私に母が買ってくれたやなせさんの詩集の1ページ目に〈たったひとりで生まれてきてたったひとりで死んでいく 人間なんてさみしいね 人間なんておかしいね〉という詩(『人間なんてさびしいね』)があったんです。そうか、死んでしまうのは父だけじゃなくて、隣の幸せそうな一家のお父さんもそうだし、私だってそうなんだと思ったら、何だか、すごく救われた気がして。
神野 『あんぱん』の台詞にもなりましたね。
中園 ええ。それで、すぐにやなせさんにお手紙を書いて。そしたら、お返事をいただいて、そこから文通が始まったんです。でも、私が筆不精な上、思春期になる頃にはすっかり心がひねくれてしまっていて……。やなせさんの詩はとても純粋でまっすぐなので、私にはまぶしすぎたんですね。『アンパンマン』の最初の本が出たときも、「今度のは明るくて、なかなかいいと思います」なんて、謎の上から目線の返事をしたりして(笑)。
神野 アハハ! おませさん。
中園 文通はフェードアウトしてしまったんですが、19歳のときに偶然再会して、当時重い病で臥せっていた母を励ましてくださった。私は家族の危機を二度もやなせさんに救われたんです。
神野 いつかやなせさんのドラマを書きたいと思ってらっしゃったんですか?
中園 ここ数年、世の中がちょっと危ない感じになっている中で、気づけばやなせさんのことを考えるようになっていました。朝ドラを書きませんかと声をかけていただいたので、「やなせたかしさんはどうでしょう?」と言ったら、プロデューサーが「僕も、やなせさんのアンパンマンのマーチが頭をぐるぐる回ってたんです」って……。
神野 うわぁ、きっと、やなせさんが中園さんに何かを託しにいらっしゃったんじゃないかしら。アンパンマン世代ではない私にも、実は不思議なご縁があるんですよ。私の母が生前、「アンパンマンは普通のアニメじゃない」ということを、しょっちゅう言っていたんです。私が精神的に参っているときなんかには、特に。それで今回、ヒロイン・のぶの夫となる若松次郎の母親役をいただいたら、その名前が「節子」じゃないですか。私の母と同じ名前! そして、字まで同じ!
中園 へえーっ。今回、登場人物にアンパンマンのキャラクターの名前を当てはめているんですが、節子さんは「おせちさん」。私、占いをやるので登場人物の名前は画数を調べてつけるんですけど、節子さんはちょうど画数もよかったので。でも、まさかお母さまの名前だったなんて。
神野 思わず、叫んで踊りました(笑)。でも、すごく幸せなのと同時に、何か見えない力のようなものも感じて……。ミホさん同様、私も今、とても戦争の気配を危惧しているんです。どうして誰もが自分の国のことばかり考えて、他国の人を受け入れようとしないのか。そして、目の前で困っている人が大勢いるのに、なぜ助けようとしないんだろう? と。
中園 そうですよね。私、第1回の冒頭に〈正義は逆転する〉という台詞を書いたんです。朝ドラなのに初っ端から正義だなんて重すぎる、もっと楽しく始めたらいいじゃないかという意見もありましたが、戦後80年の朝ドラですし、『あんぱん』でやなせ夫妻の人生を書くことは、イコール、戦争を書くことだから。
神野 私たちの世代だと、家族の中に戦争を経験した人がいましたよね。私の父も祖母もそうでした。でも、そんな時代を生き抜いた人たちのおかげで、私たちの命が繋がっているわけで。
中園 本当に、そうですね。
神野 私が演じた節子さんも息子を戦争の中へ送り出すことになるわけですが、ミホさんが書かれた脚本からは、戦争で失われた人たちの人生が生きている人たちの中で続いていくことが感じられたので……私もあの時代の多くの母親たちと同じように、明るくたくましくありたいと思いながら演じました。アンパンマンだって、自分を犠牲にしながら戦うキャラクターですから。
中園 アンパンマンは雨に濡れたらジャムおじさんに焼き直してもらわないといけない、弱くて格好悪いヒーローかもしれない。でも、作者のやなせさんがたくさんの辛いことを乗り越えて、人生をかけて生み出したキャラクターなので、その思いがひとりでも多くの人に伝わるようにと思いながら書いています。
運の強い人は、もれなく機嫌がいい
神野 ご執筆、今が佳境ですよね?
中園 24時間、仕事している感じです。寝ていても『あんぱん』の夢をみていて、目が覚めると台詞が浮かんでいたり、詰まってたシーンが自然とできていたり……やっぱり、朝ドラは特別です。でも、普段は筆の遅い私なのに、今回は1シーン、まったく止まらずにスラスラ書けたりすることもあって、やっぱりやなせさんが力を貸してくれているのかもしれない。
神野 以前は、仕事をしながら子育てもされていたわけですから、大変だったでしょう。
中園 大変すぎて、あの頃の記憶はすっかり飛んでます(笑)。無我夢中で、公私のバランスはぜんぜん取れてなかったなぁ。
神野 私も、母の介護をしていた頃は、自分のことよりそちらに必死でした。だけどそのときも、やっぱり私はお芝居に救ってもらっていたのかな……演じることで生きてこられた、そんな恩を、芝居には感じているんです。
中園 三鈴さんが女優になったのは、いつ?
神野 すごく遅いんです。映像でデビューしたのなんて、46歳ですから。
中園 わぁ、やなせさん並みの遅咲きだ!
神野 フフフ。でも、役者をやっていなかった時間の長さが自分の中に生きていて、今、すごく助けになっていると思いますね。
中園 いつも機嫌がいいですもんね、三鈴さん。私、14歳から占いをやっていて、運の強い人たちってどんな人だろう? と、観察してきたんですよ。そうしたら、例外なく機嫌がいいの。不機嫌で強運な人って、私、会ったことない。
神野 そういうものなんですか!
中園 だから、とりあえず強運になりたかったら、ご機嫌でいればいいんじゃないのかな。
神野 私はね、すごく「したがり」で、自分のしたことで人が喜んでくれると、すぐに調子に乗ってうれしくなっちゃうの。
中園 『あんぱん』の中で使った〈人生は、よろこばせごっこ〉は、やなせさんの有名な言葉なんですけど、まさにそれですね。
神野 そうそう。逆に、落ち込むのは人をがっかりさせたり傷つけたりしたとき。泣きながら壁に顔を擦りつけて、とことん落ち込みます。そうすると、浮上するしかないから。でも、そんなときは、必ず誰かが救ってくれるのね。
いいことは、まず自分から。
そして、決して諦めない
中園 それは、三鈴さんがしてあげてるから。落ち込んだとき、私の場合は、まずは窓を開けて空気を入れ替える。それと、水泳。脚本家って、視聴率のストレスがすごいんですよ。1桁だったりすると、その日はおいしいご飯を食べても1桁、青空見上げても1桁……でも、泳いでいるとモヤモヤが飛んでいくような気がするので。
神野 自分に合った運動は、メンタルの薬にもなりますよね。
中園 そして、気の置けない相手に話すことかな。ネガティブなことは口にしちゃいけないって本には書いてあったりするけど、溜めるよりは出したほうがいいと思う。「今から愚痴をこぼします。ご馳走するから30分付き合って!」って。まあ、30分が2時間になったりするんだけど。
神野 アハハハ。次はぜひ私を呼んでください。いつでもご機嫌でいなきゃという強迫観念は持たなくていいけれど、世界と関わりながら自分でご機嫌になれる方法を見つけておくのって、大事ですよね。やなせさんがアンパンマンを通して書いたように、目の前に困っている人がいたら助ける、そんな人が増えていけばもっといい世界になるわけだから、まず自分から実践する。それが、大人のあり方だと思っています。
中園 やなせさんのことは、私も考えちゃいますね。だって、69歳でヒット作が生まれるって、すごいことじゃない? 人生、いつ何が起こるか本当にわからないから、やりたいことがあるなら、それをずっと続けて……そういう諦めない大人って、やっぱり素敵なんじゃないのかな。
神野 本当にそう! 若い頃は素直すぎて夢中になれなかったやなせさんの詩、今読み直してみたら、一周回ってすごい!って思えません?
中園 そうなの! 私も還暦過ぎてから読み返して、やさしい言葉でシンプルに、でもびっくりするくらい深いことが書かれていると……。
神野 井上ひさしさんの言葉に「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに」というのがあるんですが、難しいことを難しく言うのが偉いと思われがちだけど、難しいことをやさしく、伝えられたら。そんな大人でいたいです。
料理を作る、庭を掃くといった家事を慈しんできたことが、演技の礎にもなっている、という神野さん。
発酵玄米と無農薬栽培の梅でつくられたという貴重な梅干しは、神野さんの日々の食卓には欠かせない品。撮影現場のお弁当にも持参しているそう。
脚本家として、また占い師として「言葉」を生業とされてきた中園さんにとって、やなせさんの詩集と、占いの数式が書かれたノートは仕事の必需品であり、“お守り”のようなもの。写真中央の詩集『愛する歌』は中園さんのお母様からの贈り物。
連続テレビ小説「 あんぱん」
漫画家、詩人、絵本作家のやなせたかしと、暢(のぶ)の夫婦をモデルに、“ 逆転しない正義”を体現した国民的作品『アンパンマン』にたどり着くまでを描く。生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語。
脚本:中園ミホ
【出演】今田美桜 北村匠海 加瀬亮 江口のりこ
河合優実 原菜乃華 細田佳央太 高橋文哉
中沢元紀 中島歩 大森元貴/
二宮和也 戸田菜穂 神野三鈴 浅田美代子 吉田鋼太郎/
竹野内豊 妻夫木聡 阿部サダヲ 松嶋菜々子 ほか
毎週月〜土曜 午前8 時〜8 時15 分 NHK 総合ほかにて放送中
photograph: Isao Hashinoki[nomadica] styling: Kei Taguchi( 神野さん)
hair make-up: Hiroyuki Mikami [Mdolphin]( 中園さん), Yumi Narai( 神野さん) text: Michiko Otani
大人のおしゃれ手帖2025年7月号より抜粋
※画像・文章の無断転載はご遠慮ください
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