神野三鈴さんエッセイ
「サガシモノハナンデスカ」ニューヨークで宝探し
今年、60を過ぎて再び夫が、トランプ政権の下、分断と混乱が激しくなっているアメリカに生活の拠点を移した。
そこで私も、2年ぶりに1か月の夏休みを取って、ニューヨークの新居の支度に出かけた。20年以上前に8年間住んでいた街だ。
当時は紡績工場だった古いビルを改装した、だだっ広いロフトと呼ばれる部屋を借り、住みやすくするために自分達でペンキを塗ったり、電気を取りつけたり。
お金がないので、家具はすべてフリーマーケットや、誰かが引っ越しで道に捨てていった椅子を拾ってきた。
当時はびっくりするほど美しい家具がよく道端に落ちて(置かれて)いて、早い者勝ちで拾って(盗んで)行くのが暗黙のルールだった。
ロフトには家庭的な家具が合わないので、元々アンティークマーケット巡りが大好きだった私は、週末になると、安くて個性的な家具を探しに早朝から狩りに行くような心持ちで家を出た。
チェルシーの一番大きな市で交渉の末、手に入れた獲物は小さめの庭用のテーブルセット。
それを部屋の中で使っていた。長時間座っていると少しお尻が痛くなったが、とっても気に入っていた。
今回はどんな子が我が家の一員になってくれるのだろう。週末に開かれるマーケットで家具などがあるものは、と調べて驚いた。
広い空き地を利用した骨董市はほとんど無くなっていた。大通りを歩行者天国にして飲食店や雑貨などが並ぶ市は、あちこちで開かれている。
土地代が信じられないほど上がった近年はまず開く空き地がないのかも知れない。それにインターネットの中で売り買いができるので、売れるかどうかわからない市で売る時代ではないのだろう。
かろうじて昔の面影を残している骨董市は、マンハッタンを出てブルックリンに移っていたが、雑貨などの小物が多かった。
それでも沢山の人がマーケットを楽しみたくてわざわざブルックリンに押しかけているのを見ると、時代が求めていないわけではないのかなとも思う。
自分のことを考えると、素人の私が「宝探し」と呼んでいる骨董市は、お値打ち物が格安で見つかるかも! というだけではなくて、沢山のもののなかから自分のアンテナに引っかかるもの、つまり、自分を発見するような感覚がある。
懐かしい思い出が蘇るものや、憧れていたものだったり、これが欲しいと一方的に決めていくのではなく、物語を潜ませて並んでいるものたちが発しているエネルギーを感じて、時代も場所もバラバラのものと、ここで出会った運命を感じてしまう。
ひとつの買い物に、物語があるワクワクに惹かれるのだ。恋に堕ちたら次は親(店主)との交渉だ。
気に入ったものを値切るのは気が引けるが、お約束として高めにつけてるぶんは負けて貰わないと。物語の主人公がカモになって終わらないように。
ブルックリンの市で楢の木をくり抜いた器を買った。その店の看板犬がキスしてくれた。
その帰り道、地下鉄の中でひとり、壊れたように大声で叫び続けている黒人がいた。カートにゴミのようなビニール袋を沢山乗せている。垢だらけで路上で暮らしているようだ。
彼にしか見えない誰かに向かって必死に話している、耳をそば立てると、どうやらお誕生日の日の出来事らしい。
何度も同じことを繰り返し、段々怒りが激しくなっていく。周りの乗客は彼から距離をとり、携帯に視線を落としていた。お誕生日に何があったのだろう、壊れて時がそこで止まるような何が。
このままケアも受けられず30代ぐらいの彼の人生はどうなるのだろうと離れた席で、私は高みから憐んでいた。
突然、ひとりの大きな黒人の若者が近寄り、「声が大きすぎるよ。兄弟! 一体どうしちゃったの? ちゃんとわかるように俺に話してくれよ」と誰もいない彼の前の席に腰掛けた。
何か叫んでいた男が目が覚めたような顔をして急に謝りながら、声を落として彼にいろいろ話し出した。なんて言っているかアクセントが強くて私にはわからなかったが、若者はまるで普通の知り合いのような態度で、明るくもなく静かに、悲しい顔をしながら彼の話に相槌を打っていた。
彼の口調が穏やかになってる。私は気づいたら、カバンの中に持っていた水を2本彼らに渡していた。若者は「彼は辛いんだよ」と同じ態度で私に言った。
降りるとき、私に向けて、黙って水のボトルを胸に2回、当ててみせた。
私は静かになって水をがぶ飲みしている彼と電車に揺られながら、誰かが使っていただろう楢の木の器を抱きしめていた。

店主が自分の絵を刺繍にしてバックに。いつの時代も自由の女神はアーティスト達のミューズだ。猫の顔に頬が緩んでしまう。


街の景色の中に誰かの「好き」があふれている。そこには確かに人の温もりがある。
MISUZU KANNO
神奈川県鎌倉市出身。第47回紀伊國屋演劇賞個人賞、第27回読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞。代表作は舞台『メアリー・ステュアート』『組曲虐殺』、映画『37セカンズ』、ドラマ『あんぱん』など。映画『TOKYOタクシー』が11月21日公開予定。
撮影・文/神野三鈴
大人のおしゃれ手帖2025年11月号より抜粋
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