酒井順子さんエッセイ「おばさんとおばあさんのハザマに」
年下の女性編集者と夜の食事をしてから、一緒に電車に乗った時のこと。
電車はそれほど混んではいませんでしたが、座れる席は無い、という状態でした。するとどうでしょう。席に座っていた二人の若い外国人男性がすっと立ち、私達に席を譲ってくださったのです。
ありがたく座らせてもらったのですが、座ってから私の胸中は複雑でした。
電車で席を譲られるのは、人生初めてのこと。
彼等は私を高齢者と見て譲ってくれたのか。それとも、こちらが女だということで、外国人ならではの女性を大切にする感覚から、譲ってくれたのか。
同行者は、「高齢者に譲ったつもりじゃないと思いますよ。こちらが女で、二人とも大きな荷物を持っていて、かつおばあさんではないにしても自分達よりは年上ということで、総合的判断の末に譲ってくれたんじゃないですかね」と言ってくれたのですが、「そ、そうかなぁ」と私は疑心暗鬼。
しかしそういうことにしておこう、となりました。
その翌月、今度はバスに乗車すると、やはり座席は全て埋まっていたので吊り革につかまった私。
すると近くの優先座席に座っていた青年が、「あ、どうぞ」と席を譲ってくれようとするではありませんか。
今度は、外見も言葉も明らかに日本人。「げっ」と思った私は、「大丈夫です……」
と、そそくさとバスの奥へと逃げた。
今度こそ、初めての〝座席譲られ〟なのではないかと、私はショックを受けていました。短期間に二度も席を譲られるとは、本当におばあさんに見えているのではないか、と。
席を譲ろうとした青年をその後も見ていると、前に年上の女性が来るたびに「どうぞ」と言っては、断られています。
明らかな高齢者以外にも声をかけているのですが、彼が座っているのが優先席ということもあり、誰も座ろうとはしない。
「だったら最初から立ってろや」と、席譲り行為によって傷ついた私は思った。
しかしその青年からしたら、五十代も八十代も同じように見えるのかもしれません。良いことをしているのに、皆に怒ったような顔で断られるのが理解できない、といった表情をしているのです。
おばさんとおばあさんの間にいる者の繊細さなど、君にはまだわかるまい。……と、私はそんな彼を見て思っていたのでした。とはいえ席を譲ろうとする気持ちは立派なもの。
私が本物のおばあさんになった時は、ありがたく座らせてもらうので、その気持ちは持ち続けてね、と心の中で声をかけたのでした。
酒井順子さん
1966年、東京都生まれ。高校在学中から雑誌『オリーブ』にコラムを執筆。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆業に専念。2003年刊行の『負け犬の遠吠え』がベストセラーに。1月15日に『ひのえうまに生まれて―300年の呪いを解く』(新潮社)を刊行。
文/酒井順子 イラスト/升ノ内朝子
大人のおしゃれ手帖2026年2月号より抜粋
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