書き手の追伸
~内田洋子さん~
ウクライナ支援のために、世界各国で緊急出版された絵本『キーウの月』。
世界中どこにいても、私たちは皆、同じ月に照らされている―。
キーウの人々へと思いを馳せながら、丁寧に頁をめくりたい一冊です。
世界中、どんな場所でも同じ月に照らされている
2022年2月、ロシアのウクライナ侵攻が始まってからわずか数日後、イタリアのニュース番組で、ある詩が朗読されました。
それはイタリアの国民的作家、ジャンニ・ロダーリが1955年に書いた「キーウの月」。
ウクライナ、キーウの月は、私たちが眺める月と同じであり、世界中のどこにいても、月の光は等しく降り注いでいるのだ…という、『空と大地のうた』という詩集に収められた一篇です。
朗読の件はSNSを中心に広がり、3月にはイタリアの出版社がウクライナ支援につなげようと、絵本化することに。
その日本語版刊行に携わったのが内田洋子さん。
イタリアを拠点に現地ニュースを日本へ配信する通信社を立ち上げ、ジャーナリストとして活躍する傍ら、翻訳家としても数々のロダーリ作品の訳を手がけてきました。
「出版社、印刷会社…とすべての関係者の尽力によって、通常ならあり得ない速さで刊行に至った」と振り返ります。
「ロダーリは2020年に生誕100周年を迎えた作家で、もともとは国語教師として教壇に立っていた人。
イタリアでは初めて読み書きできるようになった子どもが最初に手に取るのがロダーリの本なんです。ロダーリを読んだことのないイタリア人はまずいませんし、クリスマスのプレゼントとしてロダーリの詩集を贈ることも多いんです」
原著では、子どもが眠っている部屋の窓から月がのぞいている表紙ですが、日本語版ではあえて異なる装丁にしたそう。
「日本人にとって、月は気持ちが沈んだときにそっと寄り添ってくれる存在ですよね。月にまつわる文化、風習も多いし、明るくエネルギッシュな太陽とはまた違ったイメージがある。そうした月と日本人の関わりを考えた上で、今の表紙になりました。月のまわりに描かれているのは、キーウの街に降る白い雪のようでもあるし、月が流す涙のようにも、人々の安堵の息にも見える。いろんな見方ができる表紙だと思います」
とはいえ、「本書は反戦の本ではないし、ロシアを批判する本でもありません」と内田さん。
「ただ、何があっても戦争を起こしたり、相手を殺したり、傷つけたりすることのないように…という願いが込められた本。これを手に取ったときに、自分がどう感じるのか。その気持ちを大切にしてほしいと思います」
『キーウの月』
作:ジャンニ・ロダーリ
絵:ベアトリーチェ・アレマーニャ
訳:内田洋子
¥1,320(講談社)
『パパの電話を待ちながら』『チポリーノの冒険』といった児童文学で知られるイタリアの国民的作家、ジャンニ・ロダーリが1960年に発表した詩 「La luna di Kiev」(キーウの月)を絵本化。
絵本の売り上げによる利益はセーブ・ザ・チルドレンに寄付される。
文/工藤花衣 写真/白井裕介
大人のおしゃれ手帖2022年10月号より抜粋
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