書き手の追伸 ~小川洋子さん~
小川洋子さんの新たな短編集で描かれるのは舞台という〝異界〟が生み出す、美しく儚い物語。
着想のきっかけは、意外にもライフスタイルの転機で出会った、新たな喜びだったそう。
理屈で説明できないことに人間の真の喜びがある
劇場という、生活と切り離された特別な空間。
その非日常性のもたらす奇跡や美しさを描き出したのが、小川洋子さんの新作短編集『掌に眠る舞台』です。
「劇場のような閉ざされた場所って魅惑的ですよね。私はずっと狭い空間に執着して作品を書き続けてきたけれど、劇場こそ、人間が考え出した〝究極の隠れ場所〟みたいな箱だなあと感じて。連作短編という形で、いろんな方向から描いてみたいと思ったんです」
題材となっているのは、『ラ・シルフィード』『ガラスの動物園』といった、舞台ファンにはおなじみの演目。
着想のきっかけは、小川さん自身が5年ほど前から舞台にはまったことでした。
「自分でも驚いたのが、若い頃には敬遠していたミュージカルを好きになったこと。小説で『あなたのことを愛してます』と書いても、嘘くさいし薄っぺらいんですよね。ところが人間の肉声で歌われると、それが真実になる。同じ言葉なのにこれだけ違うのか…などと考えているうちにのめり込んでいきました」
観劇という新たな趣味に夢中になったのは、ライフスタイルの変化も影響していたそう。
「子どもも手が離れて、親も見送って、ペットも死んで、ようやく好きなだけ小説が書けるときが来た。若い頃は早くそうなりたいと思っていましたが、いざ実現すると、自分のためだけに時間を使うのってむなしいな…と思ったんです。そのむなしさを埋めるために、劇場に通うようになって、だんだん応援したい人もできて。ミュージカル俳優の福井晶一さんなのですが、生まれて初めてファンクラブにも入りました。チケットを確保するために、以前は苦手だったネットも駆使するように(笑)」
確かに読者世代でも、〝大人の推し活〟を始める人が増えています。
やはり誰かを好きになることで、生活にハリや潤いがもたらされるものなのでしょうか。
「やっぱり、人間って自分以外の誰かを応援し、成長を見守りたい生き物なんだな、と思います。私は野球の阪神ファンでもあるんですけど、阪神が勝ったからと言って、私に何の得があるわけじゃない(笑)。だけど応援してしまうし、勝ったらうれしい。理屈では説明できない喜びですよね。そういう、言葉で説明できないことにこそ、人間の真の喜びがあるような気がしています」
『掌に眠る舞台』
小川洋子
¥1,815(集英社)
『ラ・シルフィード』を題材に、工場の片隅でさびた工具にバレエを踊らせる少女、帝国劇場の『レ・ミゼラブル』の公演に通う「私」が出会った劇場で暮らす女性……。
ステージの此方と彼方で生まれる特別な関係性を描き出す短編集。
編集部が選んだ必読書!
京都に生きた女人の歴史を辿る新たな視点の京都ガイド
『女人京都』
酒井順子
¥1,760(小学館)
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文/工藤花衣 写真/白井裕介
大人のおしゃれ手帖2022年11月号より抜粋
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