映画『八月の声を運ぶ男』主演・本木雅弘さんが語る、戦争の記憶とこれからの生き方
「『自分ごと』にしなければ真実には決して辿りつけない」
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歴史的文学作品、祖父が仏壇に供えた里芋。
戦争体験は、「結晶」となって受け継がれる

本木さんが読んだ伊藤氏の著書のなかには、自分は当初、原爆投下という犯罪行為の被害者の声を聴取する刑事のようなつもりだったが、これからは〝放火犯〟になりたいという記述もあったといいます。
「被爆者の胸の内に燃え続ける悲しみや怒りの炎を、幾百、幾千万の人々の胸の内に焚きつけていきたい……そんな一節を読んだときには、心のなかでなんともいえない声をあげてしまいました。その熱い信念に押されて思わずウォ〜っと。伊藤さんによると、たとえばトルストイの『戦争と平和』は、ナポレオンのロシア侵攻から半世紀経って書かれているし、マーガレット・ミッチェルの『風とともに去りぬ』は、南北戦争から 70 年あまりの時を経て生まれた物語だと。ひとつの歴史的、民族的大事件が文学作品に結晶するまではそのくらいの歳月が必要で、体験は結晶化して、説話や民話として語り継がれ、「よみ人知らず」の歌のように、あるいは神話のようになっていく。この作品も、原爆投下から 80年という時間の果てに生み出された、そうした結晶のひとつだと思うんです」
時代の結晶のひとつは、実は本木さんの身近にもありました。本木さんの実家の仏壇には、毎年、お盆に里芋が供えられていたそうですが、それは本木さんの祖父の戦争体験に由来する習慣だったのです。
「祖父がニューギニア近くの島で砲撃隊員として従軍していたとき、まだ新米の兵で、炊事をするために隊を離れ仲間ひとりと沢で里芋を洗っていた。すると、その間に砲撃を受けて祖父の隊の人たちが亡くなってしまったのだそうです。小学生の頃に祖父に聞いたような気がするのですが、幼かったせいか内容がおぼろげで、のちに彼が亡くなったときに自身が戦争の体験を綴った小冊子が出てきて、それを読みあらためて知りました。祖父が従軍した時には私の父はすでに生まれていたので、私の出生に直接つながる話ではありませんが、そのくらい死と隣り合わせだったんだなと」
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