無国籍者の過酷な現実を詩的な映像美で伝える傑作
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
ジン・オング監督インタビュー
不遇な人々の声は届いていません。だから、聾唖の設定にしました
――兄アバンを演じたウー・カンレンさんと、弟アディを演じたジャック・タンさんについて、起用した理由を教えてください。
オング:アバンの役は、最初の脚本では聾唖の設定ではありませんでした。しかし、IDを持っていない人々の暮らしを調べるうちに、彼らの声はまったく社会に届いていないし、聞く耳を持たれていないことに気付きました。それならば、彼らの声を代弁する役柄であるアバンに声を持たせないことで、より彼らの思いを強く伝えられるのではないかと思ったのです。
こうして聾唖という設定が加わったことで、マレーシア人以外の俳優にも目を向けるようになりました。外見がマレーシア人に見えさえすれば、マレーシア語を話せなくてもよくなったからです。台湾の俳優であるウー・カンレンさんと初めて会ったのは2020年の金馬奨(台湾のアカデミー賞)で、その後、脚本を気に入ってくれたカンレンさんから出演を申し出てくれました。
ジャック・タンさんについては、私は「育ての親」みたいなもので、彼が17歳の頃から多くの仕事を共にしています。成長してほしいという思いから、さまざまな役に起用しています。
――二人とも素晴らしい演技でしたが、監督からみて印象深いシーンは?
オング:私が特に気に入っているシーンは二つあります。ひとつは二人がゆで卵をお互いのおでこで割るシーンです。撮影に入る前から二人は兄弟のように過ごしていたので、息の合ったところが親密な動作の中に表れていました。もうひとつは、二人がダンスをするシーンで、私が想像する兄の心情と弟の心情をそれぞれが的確に表現してくれました。
――兄弟を見守るマニーをトランスジェンダーにした理由は?
オング:富都(プドゥ)には、トランスジェンダーの方々が多く住んでいます。そして、マレーシアのようなイスラム教徒が多くを占める国では、トランスジェンダーに対する社会の目はとても冷たいのです。そのような境遇で大変な暮らしをしている人々も、みんなと同じ感情を持っているということを理解してもらいたくて、トランスジェンダーの人物を入れました。今後も機会があれば自分の作品にトランスジェンダーの人物を入れたいと思っています。