【大人のための絵本】vol.8
モデル・アンヌさんの名作選
「立ち止まって、一呼吸」
忙し過ぎた時に
こんにちは、アンヌです。
新年度スタートで緊張や頑張りを強いられて、ちょっと一息つきたくなるのが5月。
思えば、若いころの私は、のんびりすることに罪悪感を抱いていました。怠けている気がして。でも、なんでもテキパキ進めるよりも、時にはもっと大切なことがあると知ったことがありました。
私がパリで映画の勉強をしていた20代のころ。5人グループに分かれて短編を制作する課題が出ました。私たち4人が集まったところに、後から加わったのはワガドゥグー(西アフリカ、ブルキナファソの首都)出身だという男性。初めて耳にしたエキゾチックな響きと、紳士的な態度が新鮮でした。聞けば家族を祖国に残し、勤めていた会社も休職してきたという35歳です。二十歳そこそこの私たちに混ざって、しかも外国で学ぼうというのだから、相当な意欲があるに違いない。
ところが、私たちが企画を効率良く進めようとするなかで、彼はいつもゆっくり。「そんなに急がなくても」と頻繁に呟くので、やる気がないのかと思うようになっていました。
ある早朝の打ち合わせにもその男性の姿はありません。もう彼は当てにできない。待っていても仕方がないので私たちだけで進めることに。
1時間後。ワガドゥグーの彼が悠々と現れました。遅れてきたのに悪びれもしない様子に苛立ちを隠せず、みんなで「何時だと思ってるの!」と一喝。そして早く課題に取り掛かるよう急かしました。
すると彼はスーツの襟を正し、深呼吸をしてから、こう言いました。
「まず。おはよう」
戸惑う私たちに、彼は続けます。
「君は元気? 妹さんはどうなった? お父さんは? お母さんは? 従兄弟はどうかい?」
知りもしない家族のことまで尋ね、次に天気の話をし、それからコーヒーはいらないかと聞き……。そうこうしているうちに私たちの緊迫した空気が消えていったのをはっきりと覚えています。
全員のコーヒーを買って戻ってくると、私たちをなだめるように笑顔を放ちました。
「まずは丁寧に挨拶をするべきではないかい? せかせかしても良い作品はできないよ」
そのアフリカらしい礼儀を目の当たりにして、前のめり過ぎる自分に気づかされたのです。
たまにはゆっくり、一番大切なことはなにかを探りたい。そう思ったら、この2冊を。
『ゆっくりがいっぱい』
作/エリック・カール
訳/工藤直子
(偕成社)1,760円
言わずと知れた絵本作家によるナマケモノの話。アナコンダが近寄ろうと、コンゴウインコが飛び交おうと、いつもゆっくりのんびりおっとりと暮らしています。雨が降っても同じ。他の動物たちはそのわけを尋ねますが……。マイペースを保つことに肯定感を感じられる作品。忙しさに疲れた人は是非。心に平和が宿るでしょう。色とりどりの絵、テンポのいい工藤直子さんによる訳も素晴らしい。
『くさはら』
文/加藤幸子 絵/酒井駒子
(福音館書店)990円
小さな女の子ゆーちゃんが、家族と川辺で遊んでいると蝶が目に留まります。追いかけていくうちに、気づけば背の高さほどの草はらの中に。風に揺れる葉っぱの音、足にまとわりつく草、どこからか聞こえてくる鳥の声……。酒井駒子さんの描く美しい草の海に読み手も溶け込み、自然を五感で感じるよう。思わず深呼吸したくなるような魅力的な作品です。
選・文/アンヌ
モデル、絵本ソムリエ。14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒業。
モデルのほかエッセイやコラムの執筆などで活躍。
最近は地域で絵本の読み聞かせ活動も行っている。
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