【神野三鈴さんエッセイ】過去の相手と「もういちどこんにちは」
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桜吹雪の春の散歩道にて。
新しい出会いに向けて歩き出す若者たちとすれ違うとき、どうか、この平和な日常がずっと続きますようにと祈る私がいる。2026年の春。
私は仕事関係などで初めての人に出会う機会はあるが、最近、まったく会っていなかった「過去の人」と再会する機会が増えた。それは偶然だったり、計画したり。
学生時代の友などは、長い年月を経ての新鮮な発見もありつつ、昔の記憶というタイムカプセルを開ける楽しさもあって、豊かで気のおけない時間を過ごしている。
若い頃は未熟すぎて、どれだけ愛情をかけてもらっていたのかもわからず、不義理をしたり、傷つけたり、辛くて逃げるように関係を断ち切った人が少なからずいる。
とくに父が事業に失敗し、10代からひとりで生きてきた私には、支えてくださった恩人と呼ぶべき人が何人かいた。
お礼も言えないまま、もうこの世で会うことが叶わぬ人も多い。
逆も然りで、今なら、自分の身を自分で守れたのにと、許せなかった奴もいる。
いじめや悩みで自ら命を絶ってしまった人の話を聞くと、何も死ななくてもと他人は思ってしまうが、人は今いる世界しか自分にはないと追い込まれるから、世界が地獄になってしまう。
能天気な私でさえ、死を考えたことは一度だけではない。それでも生きる道を選んだ。
選んで、今現在わかっていることは、世界は自分がいた場所だけではなかったということ。
そして二度と顔向けできないと思っていた人にも長い年月を経て、生きてさえいればまた会ってしまう!
いや、会えるということ。
やっと御礼がちゃんと言えるようになってから伝えてもいいということ。そしてたとえ会えなくても、その人が自分への御礼より、次の誰かになにかをしてあげてくれれば良いと思っていたこと。
憎かった相手も実は苦しんで後悔していたこと。傷つけた相手はそれを乗り越えるためにがんばって、今となってはと感謝されたこと。
本当は私が思っていたことと全然違う事実だったということ、などなど。
すべて、私が実際に生き続けた結果、相手と再会、または人から聞いてわかったことだ。
その悩みが、誰かとの問題が、私の人生にとても大きな影響を与え、長年刺さっていた心の棘たちはいつの間にか私の人生の宿題になっていた。
長く生き続けていると、それにも意味があったと思えてくる。
前々回、音楽について語ったときに、ホスピスの患者さんが終末を受け入れるまでに、心に起こる段階の話をした。
この世と穏やかにお別れをする人には(すべての人ではないが)、共通点があると。
最初はなぜ私がこんな病にと、絶望や怒り、悲しみに襲われ、それからやり残したことへの未練が押し寄せる。
若い患者さんにとっては、残していく家族への思いは大変なものだろう。年配者は仲違いした人や酷いことをした、されたと思っている人への怒り、消し去れない人生の後悔に苛まれることが多いらしい。
誰々にもう一度会いたい。本当の気持ちを伝えてほしい。謝りたい。やはり許せない、様々な後悔。この時期に死を迎えると、その思いは「未練」としてこの世に残るのだろう。
そして、芸術、とくに音楽は苦しい段階から和解、感謝への移行を早くするという研究結果がある。実際に会える、会えないは別にして、自分のなかで和解し、人生に感謝して旅立ちの準備を始められるらしい。
実際、そんな患者さんに何人かお会いした。
ダンスが好きだったSさんは「三鈴さん、昨日ね、亡くなった母が夢に出てきて こっちでみんな待ってるからおいでよって言われたのよ。母に甘えに行こうかな」と笑顔で話してくれた数日後に静かに息を引き取られた。看護師さんたちと「お母様にいっぱい甘えてね、羨ましいな」とお送りした。
演歌の上手いKさんは、病室の窓のカーテンの奥に父が現れて「こっちではやりがいのある仕事があるから早く来い」って誘われちゃってよと、嬉しそうに話してくれた。
元気なうちに、会いたい人には会って、芸術にたくさん触れて、感謝を持って生きて、穏やかな旅立ちができるようにしよう。
それでもなにか思い残しても、向こうでも出会い直しができるなら、過去にとらわれず今を生きたいものだ。
MISUZU KANNO
神奈川県鎌倉市出身。第47回紀伊國屋演劇賞個人賞、第27回読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞。代表作に舞台『メアリー・ステュアート』『組曲虐殺』、映画『37セカンズ』『TOKYOタクシー』、ドラマ『アンチヒーロー』『あんぱん』など。Huluオリジナル『時計館の殺人』が全話独占配信、映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』が公開中。
text: Misuzu Kanno photograph: Isao Hashinoki[nomadica] styling: Kei Taguchi hair & make-up: Yumi Nara
大人のおしゃれ手帖2026年6月号より抜粋
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この記事を書いた人
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