山根基世さんに教わる
「人を傷つけない」話し方のポイント
何気ないひと言で相手を傷つけたり、気まずくさせたり。
あるいは気を遣いすぎるあまり何も伝わらないことも。
大人にふさわしい言葉の選び方やコミュニケーションを元NHKアナウンサーの山根基世さんに教わりました。
教えてくれたのは・・・
山根基世さん
1948年山口県生まれ。1971年にNHK入局。美術番組、ニュース、ラジオ深夜便などを担当。2005年には女性初のアナウンス室長に。退職後もドラマ「半沢直樹」やドキュメンタリー番組「映像の世紀」シリーズのナレーションで活躍する一方、子どもたちの言葉を育む活動に取り組む。
何が美しくて、何が美しくないか
言葉にまつわる失敗は、誰しもあるもの。
大切な人を傷つけたり、傷つけられたり。山根基世さんにも、心あたりがあるそうです。
「女性の50代は、人生のいろんなことがいっぺんに降りかかってくるころ。体も衰え始め、家族の問題も、親の介護も、仕事の責任だって重くなる。
自分のことで精いっぱいで、周りの人たちの置かれた状況にまで細やかに想像できずに、よけいなひと言で誰かを傷つけてしまうこともあるでしょう」
そこに悪意がなくても、不用意な言葉は、誰かの心を抉えぐるナイフにもなります。
「人を傷つけちゃいけないという気持ちは、人の痛みに想いを馳せる想像力が必要なのね。いま、思い返せば、私も傷つけられてズタズタになったこともあるし、その分だけ人を傷つけてしまったこともありました。
あれは友だちが、夫の愛人問題で悩んでいたときのこと。話の途中で自分の話になり、『うちの亭主はモテないから、私ひと筋なのよ』と謙遜のつもりで言ってしまって。
彼女も大人だから『そうね、そういう関係がまた変わることもあるのよ』と、その場は収まったけれど、傷つけたと、今でも申し訳なく思っています」
では、どうすれば、心を通わせる会話ができるのでしょうか。
「自分の中で、〝何が美しいか、何が美しくないか”という価値観を持ち、同時にほかの人にはほかの価値観があることを意識すると、違う見方や考えにも寛容になれて、相手を傷つけることも少なくなるんじゃないかな」
山根さんが美意識を心に留めるようになったのは、美術番組でインタビューした芸術家たちから、感銘を受けたからだそう。
「彼らに教わったのは、百人百様の考えがあり、生き方があり、みんな違ってそれぞれに美しいということ。それからですね、人の様子をもっとじっくり見よう、誠実な関心を持とうと、心がけるようになったのは」
同じ言葉をかけても、あっけらかんとしている人もいれば、心が折れてしまう人もいます。
「相手との関係によっては、立ち入って単刀直入に話したほうが心が通じ合うこともあれば、〝ふれてほしくない”オーラを出している人には無理やりこじ開けることはないのです。
その距離をはかるうえで大切なのは、相手のことをよく見ること。この人は何が好きで、何に傷つきそうで、いまどんな状況なのか。経済的に苦しいのか、子育てに疲れ果てているのか、あるいは上昇志向で必死によじ登ろうとしているのか、と。
相手をよく見ることは、愛情でもあるの」
相手をよく見るうちに、人間関係の土壌がたがやされ、「ここまでは踏みこんでも大丈夫」なのか、あるいは「そっと遠くから見守ろう」というように、相手との距離をはかるセンスが、少しずつ磨かれていきます。
〜人を傷つけない会話の心構え 〜
「相手との関係性によって同じ言葉でも伝わるニュアンスが変わります」と山根さん。
相手との距離、踏みこんでいい深さなどに気をつければ、相手を傷つけることは少なくなります。
大人としていいコミュニケーションのための心構えをうかがいました。
親しい人にこそ距離感が大切
どんな悩みも打ち明け合ってきた親友との関係は、大人になると微妙になることも。
親しいがゆえに心の柔らかい部分にまで足を踏み入れてしまうとこじれます。
「親友にも“他人”としての礼節が必要」と山根さん。
自分の価値観を押し付けない
『普通はこうするもの』が口癖になっていませんか?
あなたの”普通”は、ほかの人には“異常”かも。
価値観はひとりひとり違うもの。
山根さんは「百人百様の生き方、意思があることを忘れないでいると、”違い”も楽しめます」と説きます。
人の痛みに心を寄せる想像力を持つ
表面的には平気なふりを装っても、ひどく落ち込んでしまうことがあります。
「自分が誰かに言われて不快なことは、口にしないこと。
そして、相手の心の動きをよく見て、想像力を働かせてください」と山根さん。
品格のある話し方は生き方がにじみ出る
世界各地の紛争や歴史上のシビアな映像も、山根基世さんのナレーションが聞こえると、心にすとんとおさまります。
媚びのない公平な声と話し方は、大人のお手本。
「どんなときも、下品でない人間でありたいと、心がけています」
50代の大人として、品格のある話し方に憧れますが、
「品がない、品があるとは、それは過剰かどうか。たとえば、会話の中で一方が過剰にしゃべると、それは下品になってしまう。それが聞き苦しい自慢話や悪口だとよけいにそう感じるでしょう。上品なのは、抑制が効いていること」
品格ある話し方に、メソッドはないと山根さんは言います。
「品ってこれまで培ってきた生き方がにじみ出るものだから。たとえばドキュメンタリー映像で主人公が感涙するシーンを執拗にズームインしながら追うのは、品がないと感じます。その対極にあるのが小津安二郎の映画。ローアングルですべてを映さなくても、見る人の感性を信用している。話し方のヒントになるかもしれません」
山根さんは50代だったころ、苦い経験があります。
「母とは心の距離が近すぎて。片づけられない不要品を私が捨てたら、すごい剣幕で怒られて、言い返したり。後悔しています」
母との関係がシビアだった分、夫とは春の海のように穏やかです。
「朝の散歩に出かけた夫が、鍵を忘れたことに気づき、玄関でスペアキーを一所懸命探したというんです。私が家にいたのに、『基世さんを起こしちゃうから』って。そして些細なことでも『ありがとう』と言ってくれる。他人行儀みたいですが、この距離が、良い関係を保つ原点かもしれません」
人が生きていくということは、多かれ少なかれ、傷つけたり、傷つけられたりしながら、いい関係を結びたいと心を砕くのが、大人の知恵だと、山根さんは考えます。
「あっちこっちに気を遣いすぎて、奥歯にものが挟まったような話し方では、結局なんにも伝わらないから。失敗してもいいんですよ。『あのときはごめんね』と心からあやまれる関係が築けていたら」
悩みを抱え、心が悲鳴を上げそうな状態の人は、何気ない言葉にも傷つきやすいものです。
「そういう相手と会話するときに大切なのは、心をこめて『聴く』ということ。本気で聴けば、表情も姿勢も息遣いも声も変わってきます。声には必ず『心』がくっついてきます。相槌の声ひとつで、あなたが、その人に寄せる深い共感が伝わります」
そうすれば、窮地に立つ相手も、心をこめて聞いてもらえることに救いを感じ、傷つくことはないと思います。
気をつけたいポイント
自慢話になっていませんか
ついうれしくて誰かに自慢して、“すごいね!”ともてはやされたい。
それは自己承認欲求が満たされないから。
「『自慢話は友を失う』という格言があるように、自慢ばかりの人は煙たがられます。
人の振り見てわが振り直せ、そんな人から学びましょう。
どうしてもしたい自慢なら、せめて、1つだけにしましょう」と山根さん。
本気の相槌は声のトーンでわかる
相槌の語源を探ると「刀鍛冶職人の師と弟子が、赤く熱した刀を相打ちすること」。
それだけ真剣勝負なのに、「はいはい」「ええ、ええ」「ほぉ、ほぉ」と、カタチだけの相槌を打っていませんか。
「本気で話を聴いていると、相槌も熱を帯びて声のトーンにも真剣みが加わります。
言葉を発せなくともうなずくだけでもいい」と山根さん。
文/田村幸子 イラスト/山崎美帆
※大人のおしゃれ手帖2022年7月号より抜粋
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