【神野三鈴さん】
連載 「ひとつひとつ 〜母とふっこちゃん〜」
「いつもごきげんそうなので秘策など」とこのエッセイのお話を頂いた。
とんでもない! 50を過ぎて、肉体の老いは忍び足どころかどすんっどすんと音をたてて近づいてくるし、世間様は機嫌を取ってくれなくなって久しいし。
何より厄介なのが時折、自分の中の少女(すみません、美しく言いました)子供がちっとも老いてくれなくて、バランス取れず、心身ふらふらしてしまうのだ。
そんな私が、「自分の機嫌は自分でとる」という雑誌の特集にも呼んでもらった。特集が組まれるぐらいだからごきげんでいるのが難かしい年頃なのだろう。
私が機嫌良さそうに思われるのは、その時私の目の前にいる人が素敵だから、とか面白いもの見たとか豊かな出来事にあったとかこの世界がやっぱりとても美しかったりするのだろう。
それを見つけるのにこの心身のバランスの悪さが実は秘訣なのかもしれない。地味な役者の拙い文章楽しんで頂けたらごきげんであります。
5歳になるまで過ごした鎌倉に縁あって、また暮らして12年になる。
幼い頃の鎌倉は今より木々が鬱葱と生い茂り、我が家のあった極楽寺の切り通しは昼でも薄暗く、ひんやりと湿った空気に包まれていた。坂の途中、古のもののふとすれ違っても不思議ではない雰囲気だった。
今でも神社仏閣が小さな土地の中に沢山あるおかげで、ささやかな鎮守の森(林)のような古い木々が残ってはいるが、あの異界感は薄まった気がする。
それでも伸び放題の古い木々に春には藤、夏には蔦、秋にはからすうりと、まるで季節に合わせてネックレスを変えるように絡みつく景色は変わらない。木には迷惑かもしれないが私の四季の楽しみだ。
引っ越して来た時に唯一新しく植えた小さなレモンの苗木。今では軽く100個はたわわに実るほどの大木に。我が家の食卓に爽やかな香りとビタミンCを恵んでくれています。
でも幼い私には鎌倉の夜は怖かった。
日没を知らせるように深くなっていく闇。その中から聞こえる梟の鳴き声。
異界の扉が開く合図のようで、ぐずっては寝付かず母を困らせた(ようだ)。
私が憶えているのは、母が私を抱いて窓を開け放し、裏山の木々にランタンのようにぶら下がっている鮮やかな緋色や茜色のからすうりの実を指差しながらしてくれたお話。
母をこの世界の中心に空を飛ぶこともおもちゃの動物に乗って冒険の旅に出ることも出来た当時の私 (極楽寺の我が家の庭にて)。
「おひさまは夕暮れになるとあのからすうりの中に帰っておやすみするの。今、鳴いている小さな梟はあなたと同い年の子供の梟のふっこちゃん。ふっこちゃんはあのおひさまの入ったからすうりを枕にしておやすみするのよ。」
梟の子供だからふっこちゃんて、お母さん!と、今ならちょっとつっこみたくなるところだが2歳か3歳の私にはこれが魔法のように効いた。その夜から、からすうりは闇を照らすおひさまの灯、それを枕にしながらおしゃべりしているママ梟とふっこちゃん。
不気味だった鳴き声もふっこちゃんの声だと思うと、もっと聞きたくて耳を澄まし、いつの間にか夢の中へ遊びに行っていた。
あの頃の母は29歳、ジェットコースターのように浮き沈みの激しかった12歳離れた父の事業に最大の暗雲が立ち込めている時だった。幼子3人抱えて眠れなかったのは母の方だったろう。
学生になってから、大好きな「ドリトル先生」は、作者、ヒュー・ロフティングが兵隊として激しい戦場にいる時に、家で心配している3人の息子達に手紙の代わりにあの豊かな物語を夜、テントの中で書いたと知った。名作と母のふっこちゃんのお話を並べては失礼だが、親の子への祈りすら感じる想像力に感謝しかない。
もっと大人になった今、ふと、あの想像した物語に救われていたのは母であり、ヒューでもあったのかも知れないと思う。少しは私の存在も今は亡き母の役に立ったと思いたいからかも知れないけど。今年もからすうりの実があっちこっちにぶら下がっている。
同じ年のふっこちゃん、ごきげんいかがですか?眠れぬ夜は母のくれたあなたのおひさま枕を記憶の彼方からひっぱりだそう。夢の中でまた会えますように。あなたに……母に。
MISUZU KANNO
1966年、神奈川県鎌倉市出身。第47回紀伊國屋演劇賞 個人賞、第27回読売演劇大賞 最優秀女優賞を受賞。主な出演作に舞台「メアリー・ステュアート」「組曲虐殺」、映画「LOVE LIFE」「37セカンズ」、ドラマ「マイファミリー」などがある。
文/神野三鈴 撮影/枦木功[nomadica] ヘアメイク/奈良井 由美
大人のおしゃれ手帖2023年12月号より抜粋
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