【橋口亮輔監督×江口のりこさん】傷だらけになった大人がお母さんに守られていた頃の”無垢”に気づいてもらえたら/映画『お母さんが一緒』インタビュー
なんでもないシーンが映画の命。江口さんの場面を見ると、母に大事に守られてたんだな、と思い出します(橋口監督)
―親孝行のため母親を温泉旅行に連れてきた三姉妹。ところが旅館で三人が抱えていたさまざまな思いが爆発してしまいます。親子って、家族って、と考えさせられますが、監督と江口さんはこの作品を通してどんなことを感じたのでしょう。
江口 この物語の中の娘たちとお母さんとの関係と、私自身と母の関係は真逆ですね。うちのお母さんは、映画のお母さんと違って、ああしなさい、こうしなさいって一切言わないので、そこが一番の違いだと思います。でも、妹に対して何か余計なこといってしまうところは、すごく共感できますね。今回、三姉妹の長女を演じて、そこで交わされる言葉の応酬のしんどさを体感してみて、自分のプライベートでは妹たちにあれこれいうのを少し控えようと思いました(笑)。
橋口 この作品に自分の家族観を盛り込むことはなかったです。ただ、江口さんが演じる弥生というキャラクターは、オリジナルの部分が増えたんです。弥生さんも、生きた女性にしたいという思ったので、江口さんが映画の最後のところでアイロンをかけて、『赤いサラファン』っていう歌を口ずさんで、自分の洋服と一緒に自堕落な妹の愛美のブラウスにもアイロンかけているシーンで、自分の記憶がこみあげてくる感覚がありました。あれは昭和40年くらいに流行った昭和歌謡で、それをお母さんが歌っていて、弥生はそれを聞いていて、覚えてしまっている。何でもない瞬間にそれが出たんでしょう。愛美や清美には、ちょっとわからない。弥生は一番お母さんの悪口をいってるくせに、お母さんに共感し、お母さんがやってきたことを引き継いでいる。日頃、妹にはきつい言葉を投げかけ喧嘩ばかりしているけど、陰になり日向になり支えていて、その姿は、そのまま主人公たちの母の姿にも重なる場面です。その辺を、江口さんはよく呑み込んで演じてくれました。
そして、その場面を見ていると、不思議と自分の記憶が呼び起されました。僕の両親は不仲だったのですが、気性の激しい母で、父とは喧嘩ばかりで、家の中が静かになったことがなかったんです。でも、親に守られてきたなと思うんですよ。裕福な家庭じゃなかったけど、ひもじい思いをしたことがないし、漫画も買っていたし、プラモデルだって持ってた。なんだかんだいったって、両親、とくにお母さんに、こう、ガッチリと抱きしめるように大事に守られてたんだな、と。あのシーンを見てると、ふと思い出す。そんな不思議な感覚がありました。
江口 (監督の話で涙腺がゆるんでいる取材陣を見て)あれ? 泣いてます?(笑)。でも、その気持ち、その感情わかりますよ。監督の話って、うるっとくるんですよね。
橋口 泣くような話をするつもりはなかったけど(笑)。弥生さんってお母さんが入っていて、妹たちもお姉ちゃんの優しさはちゃんとわかってる。でも、次の瞬間は喧嘩してるんですよね。そういうことの繰り返しを見ていると、そういえば自分も、と思い出す。そういう作品なんだな、と思ったんです。ご覧になっている方が、自分のいろんな記憶を思い出して、そういえばと重ねる作品なんでしょうね。僕はなんでもないシーン、なんでもない場面が、映画の命だと思っているんですけど、そういうところがよく撮れています。江口さん演じる弥生が手のシワを見るシーンがあって、あれもなんでもないシーンなんですけど、そういうところがやっぱり見てくれる方の心に引っかかってくる。江口さんがそういったシーンを呑み込みながら演じてくれて、よく撮れたと思います。
PROFILE
橋口亮輔(はしぐち・りょうすけ)
1962年7月13日生まれ。長崎県出身。1993年、『二十才の微熱』で劇場監督デビューを果たす。続く『渚のシンドバッド』(1995)はロッテルダム国際映画祭グランプリをはじめ国際的な評価を得て、国内でも毎日映画コンクール脚本賞を受賞。3作目『ハッシュ!』(2002)はカンヌ国際映画祭監督週間で上映された。『ぐるりのこと。』(2008)は、主演の木村多江を日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に導いたほか多くの賞を受賞。『ぐるりのこと。』以来7年ぶりの長編となった『恋人たち』(15)は、第89回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位、第70回毎日映画コンクール日本映画大賞、第58回ブルーリボン賞最優秀監督賞などなど、2015年の日本映画を代表する名作として数多くの映画賞を受賞した。本作は、『恋人たち』以来9年ぶりの長編となる。
PROFILE
江口のりこ(えぐち・のりこ)
1980年4月28日生まれ、兵庫県出身。中学校を卒業後しばらくして、劇団「東京乾電池」のオーディションを受けるために上京し、研究性を経て2000年に入団。同劇団の公演に参加しながら映画『金融破滅ニッポン 桃源郷の人びと』(02)にてスクリーンデビューをはたす。『事故物件 恐い間取り』(20)では、第44回日本アカデミー賞助演女優賞を受賞。ドラマ「SUPER RICH」(21/CX)、「ソロ活女子のススメ」(21/TX)では主演を務め、多くの人気ドラマ、CMに出演、そのユニークなキャラクターで注目を集めている。
映画『お母さんが一緒』
『お母さんが一緒』
親孝行のつもりで母親を温泉旅行に連れてきた三姉妹。長女・弥生(江口のりこ)は美人姉妹といわれる妹たちにコンプレックスを持ち、次女・愛美(内田慈)は優等生の長女と比べられてきたせいで自分の能力を発揮できなかったと心の底で恨んでいる。そんな二人を冷めた目で観察する三女・清美(古川琴音)。三姉妹に共通しているのは、「母親みたいな人生を送りたくない」ということ。母親の誕生日をお祝いしようと、三姉妹は夕食の席で花やケーキを準備していた。母親へのプレゼントとして長女の弥生は高価なストールを、次女の愛美は得意の歌を用意し、三女・清美は姉たちにも内緒にしていた彼氏・タカヒロ(青山フォール勝ち)との結婚をサプライズで発表すべくタカヒロ本人を紹介するつもりだったが――。2024年7月12日(金)より全国ロードショー。
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撮影/松木宏祐 スタイリング(江口のりこさん)/清水奈緒美 ヘア&メイク(江口のりこさん)/草場妙子 文/杉嶋未来
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