「大人のための絵本」vol.12
モデル・アンヌさんの名作選
夜長月に不思議を
昼間の現実から離れて
こんにちは。アンヌです。
9月は別名、夜長月。朝晩は少しばかり涼しくなったこの頃、お気に入りの絞りの浴衣が着たくなります。夏の暑さと賑わいが過ぎ去って、気持ちに余裕ができるせいでしょう。
昔はドレス感覚で、お出かけによく袖を通したものです。夜風を感じながら、まったりと友人たちとテラス席でおしゃべり。不思議な旅や出会い、小説の話を耳にして、御伽噺の世界に連れていかれるような気分に。これが私なりの、夜が長くなった月の楽しみかたでした。
ある晩も、冒険談の余韻に浸りながら、駅からの道を帰っていました。生地同士がくっつく絞りのせいで、左足はスッと出るのに、右足は小股。不器用に見える歩き方は承知のうえです。
人気のない上り坂にさしかかった時です。すっと一匹の白猫が私を追い越していきました。優雅なキャットウォークでスタスタ。私より歩き方が綺麗かも。見惚れていたら、離れたところで振り返りました。私を見ています。近寄ると白猫はまた先を急ぎ、四つ角を曲がって見えなくなってしまいました。
消えた方を見ると、街灯の下で前足を揃えて待っているようにも感じます。そこで、家路から外れてしまうけれども、着いて行くことに。
猫は、私が追いつくまで待ち、また先を歩き、角を曲がり、また振り返ります。どのくらい角を曲がったでしょう。誘われるがまま裏路地に入り込んでいくと…。
目の前には広い空き地が。その真ん中でやはり先ほどの白猫が私に顔を向けているのです。
しばらくしてどこからともなく、一匹二匹と黒やぶちの野良猫の姿が。しまいには十数匹ほどが円を描き、集会のようになりました。
「わたしもこの仲間と楽しむの」と紹介してくれているよう。
ふと、迷子になっている自分に気づきました。浴衣姿で歩き疲れています。とにかく大きい通りに出てタクシーを拾おう。
ところが小さな四つ角を二度ほど曲がってみると、馴染みの呉服屋さんの前。なんのことはない自宅のすぐ裏でした。私の夜長月の、御伽噺のような本当の話。素敵な思い出です。
皆さんもひとまず美しい絵の中で、夜の不思議な世界に迷い込んでみてはどうでしょう。
『まよなかのゆうえんち』
作/ギデオン・ステラー
絵/マリアキアラ・ディ・ジョルジョ
(BL出版)1,760円
赤や黄色の彩りと陰影が美しい絵だけで構成された、文字のない絵本。見つめていると物語が展開します。静かに暮らす動物たちの森に、移動遊園地が設置されました。昼間、人間たちが楽しそうに遊ぶ姿を見ていた動物たち。門番が戸を閉めたのを見計らって、中に忍び込みます。メリーゴーラウンドやコーヒーカップを回し、木の葉や木の実をコイン代わりに食べ物を売り買い。遊園地は華やかに賑わいます。子どもたちによるケイト・グリーナウェイ賞に輝いた本作品は、大人も夢の世界に運んでくれる宝石箱のようです。
『終わらない夜』
セーラ・L・トムソン 文
ロブ・ゴンサルヴェス 絵
金原瑞人 訳
(ほるぷ出版)1,980円
湖の中からランプを持った女の人がやってくる? そんなわけないと思うような、シュールな世界を暗闇が運んでくれます。光が人影に見えたり、灯火が星に見えたり、シーツが雪原に見えたり。静かで美しい景色の中にも、ちょっとした不安感や高揚感が入り混じります。寝る前の感覚のよう。写実的な絵が騙し絵のトリックを効果的に見せて、どんどん惹きつけられてゆく一冊。絵の横に添えられている詩は、より一層想像力を掻き立てます。是非、現実を超えた感覚に浸ってみて!
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この記事を書いた人
モデル、絵本ソムリエアンヌ
14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒業。 モデルのほかエッセイやコラムの執筆などで活躍。 最近は地域で絵本の読み聞かせ活動も行っている。