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大人のおしゃれ手帖 2月・3月合併号

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大人のおしゃれ手帖
2024年2月・3月合併号

2024年1月6日(土)発売
特別価格:1480円(税込)
表紙の人:吉田羊さん

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松之助オーナー・平野顕子さんの N.Y.からおすそ分け vol.11

平野顕子

母から学んだ“いま”を生きる原動力

12月になると両親と祖母のことを思い出します。
私の父が若くして亡くなったのも、その直後に父方の祖母が亡くなったのも12月なんです。
そのことで母は「12月は嫌い」とよく言っていたので、私にとっても毎年12月は忘れられない月です。
その時の母の様子や、「お父さんがお義母さんを連れて行ったのね。お父さんなりの私に対する感謝の気持ちのプレゼントだったのかも」と語っていたこともよく覚えています。
そして、私たち子どもには微塵も見せなかった苦労や、姑との関係の大変さから一気に解放されたことも、そこで初めて知りました。

母は東京・田園調布の生まれで、いわゆる深窓の令嬢でした。
親は、昼は大学教授、夜は開業医。
自宅に医院が併設されていて、書生さんやお手伝いさんがいるような生活。
女学校に行くにもお手伝いさんが付き添っていたそうです。

平野顕子

平野顕子

平野顕子

祖母と母。2人ともおしゃれな人でした。

そんな彼女が京の商人である父のもとに嫁ぎ、その生活環境の違いはそれはそれは考えられないほど勝手が違い、苦労したことと思います。
能装束の織元であったので番頭さんや丁稚さん、お手伝いさんが同居し、大所帯の食事から、洗濯など、朝から晩まで働く毎日。
その間も縦継ぎといって糸と糸をつなぐ作業を手伝ったそうです。
夫に仕え、姑に仕え、愚痴ひとつこぼさず、物静かな優しい人でした。

平野顕子

まだ私が小さかった頃。母はいつもポンパドールで小綺麗にしていました。

「馬には乗ってみよ。人には添うてみよ。」というのが口癖の母。
その言葉を体現してきたような人で、本当に自分の意見を言わず、すべて仕えて添い遂げてきました。

私は大きくなってからそんな母を見て、「お母さんって主体性のない人ね!」と直接言って、苦笑されたことがありました。
そして、私は決して母のようにはなるまい! と思って暮らしてきました。

平野顕子

すっかり商人のおばちゃんになった母。この人生の変わりようには驚きますね。

今の私の性格やチャレンジする前向きな思考は、どのようにして養われたのか。
母は、長男であり後継ぎである弟につきっきりで面倒を見ていたこともあり、私はなんでも自分で考え、行動して、雑草の如く、伸び伸び育ったからなのかな、と思うこともあります。

でも、そんな私が母の勧めで、福井の田舎の歯科医であった元夫と結婚してみたら、自己主張するどころか、自分の意見を言うことなく、とにかく下がって目立たないようにしながら「はいはい」と、なんでも夫の言うことを聞いて生活していたんですよ。
この時、「あー母には主体性がないなんて言ったけど、知らず知らずにして私の中に母の教えが染み込み、気がつけば母と同じようにしている」と気づき、ハッとしました。
今の時代では信じられませんね(笑)。

私の初めての結婚生活22年間は、ひたすら子育てに奔走し、夫に仕える毎日でした。
2人の子どもが成長して独立したのが、私が47歳のとき。
これから、夫と二人だけの生活が始まると思ったら、「これ以上は無理!」という結論に。
母には猛反対されることを覚悟に「離婚しようと思う」と話したら、答えは意外や意外!
「仕方がないわね。よく辛抱したわね」と返ってきたんです。
一気に体から力が抜けましたね。
母も、実は私の夫に対して心配することが多々あったと後から聞かされたときは、母の直感力の凄さに驚かされました。
その一言が妙に力強く、私の背中を押したあの瞬間を今でも忘れることができません。

平野顕子

そこから、堰を切ったように、今まで影を潜めて自分でも忘れていた、若い頃にやりたかったことが浮かび上がってきて、後先考えずに前だけ見て、海外留学をしました。

このとき、娘は私の性格がわかっているのか、心配しつつも、「いってらっしゃい。卒業できたら快挙よね! 卒業できなかったら、ただの無駄遣いね」と。
息子からは、「そんなお金を自分につぎ込んでも元は取れへんよ! そのお金は僕に投資してください」と言われました(笑)。
私がやり遂げられる訳がないと思っていたんですよね。
でも私は、そんな言葉もよそに、とにかく前に進むことしか考えていなかったんです。

講演会などでもよく「平野さんのようにイキイキ暮らしていくにはどうしたらいいですか?」と聞かれますが、年齢を気にせずに自分の気持ちに素直でいること、それが一番大切だと思います。

好きなものがある
好きなことに正直である
直感を信じる
ご縁を大切にする

このことに気づかせてくれたのも、やっぱり母の教えの偉大さだと思います。
2年前に95歳で亡くなりましたが、自分も歳をとるごとに母のちょっとした仕草、口癖が自分に現れて、驚くことが増えてきました。

「一度限りの人生、まずはやりたいことをやってみる」ことが大切だと思います。

専業主婦だった私が留学し、初めてビジネスを興し、失敗もしながら生活してきた先で、今の夫と出会い、今がある。
年齢を重ねてきて思うのは、人生はさまざまなご縁によるものであるということ。
人生はさまざまなご縁でつながり、導かれるもの……母の言葉は、まさにその縁に添うてみることに繋がっていたのではと、痛感するこの頃です。

人生はシナリオ通りに行かない、先のことは誰にもわかりません。
先日、娘にも「今日あったことが明日もあるとは限らないから、毎日を大切にしてね!」と言われました。
本当にそう思います。
だからといって、私は長いスパンで計画するタイプでもない。
今まで自分の直感を信じてやってきましたし、これからもやれることはやれる範囲でやっていきたいと思っています。
70歳を超えた今、再婚した夫と趣味や楽しみを分かち合うことのできる、ゆったりした時間を楽しめるようになりました。
2人の共通の趣味と、私がずっと大好きで続けている書の時間を満喫しながら、そんな小さな幸せを感じながら、1日1日を大切に暮らしていけたらと思っています。


平野顕子

平野顕子

料理研究家、スイーツ店「松之助」オーナー
京都の能装束織元の家に生まれる。47歳でアメリカ・東コネチカット州立大学に留学。17世紀から伝わるアメリカ・ニューイングランド地方の伝統的なお菓子作りを学び、帰国後、京都・高倉御池に「Café & Pantry 松之助」、東京・代官山に「MATSUNOSUKE N.Y.」と、アップルパイとアメリカンベーキングの専門店をオープン。京都と東京にはお菓子教室を開校。2010年、京都・西陣にパンケーキハウス「カフェ・ラインベック」をオープン。著書に『アメリカンスタイルのアップルパイ・バイブル』(河出書房新社)、『「松之助」オーナー・平野顕子のやってみはったら! 60歳からのサードライフ』(主婦と生活社)など多数。プライベートではひとまわり以上年下のイーゴさんと再婚し、サードライフを過ごす。

text/Emiko Yashiro(atrio)
※画像・文章の無断転載はご遠慮ください

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