「大人のための絵本」vol.23 モデル・アンヌさんの名作選
夏の夜の思い出
怖い話で心豊かに
こんにちは。アンヌです。
先祖の霊をお迎えする八月。怪談や怖い話を耳にする機会が多くなる時期でもあります。
私にはこんな幼少期の思い出があります。
毎年、小さな山荘が点在する避暑地で一夏を過ごしていました。夕刻になると霧が立ち込める妖艶で涼しげな場所です。少し離れたお隣は、お友だちの家。お母さまとお婆さまの3人で東京から来ていました。ただ、お父さまはいつも不在。
私が遊びに行くと、夕食をご馳走になることもよくありました。食後には、お母さまは大きな氷の入った切子グラスにウイスキーを注ぎ、昭和ながらの太くて短い煙草に火をつけます。黒いアイラインの吊り上がった目と真紅の大きな口元が印象的でした。同じようなアイラインをひいたお婆さまは静かに奥の部屋へ。
そして始まるのは、お母さまが語ってくれる怪談です。
私たち子どもは息を潜めて聞き入ります。
「むかしむかしある旅人が峠を越えようとしていました。日はどんどん暮れて、深い霧に包まれてしまいます。ふと見ると、切り株にせむしの老婆の後ろ姿が。長い煙管(キセル)の煙をたゆらかせ、生き別れた息子を待っているとつぶやいています。そしてゆっくりと振り向き……。気づくと老婆はいませんでした」。
すると奥の部屋からお婆さまが音もなく現れ、ベランダで煙管をふかします。外の霧はいよいよ濃くなり空気はひんやり。裸電球が微かに揺れ、煙とウイスキーの匂いが鼻をかすめると、切子グラスの氷がカタッと転ぶ。
幼少の私はなんだか怖くなって、毎回家まで送ってもらう羽目に。
そしてある年の夏の夜。お父さまは、ずっと昔に亡くなられたと聞きました。
今となっては、あの怪談は怖がらせたり驚かせたりするためではなかったように思います。私の五感を見事に揺さぶり、自然の豊かさやまわりの空気、そして人の思いにしっかりとアンテナを張らせてくれた貴重な経験です。そこに居ないからといって、存在しないわけではない。お父さまはそばにいる。その温もりを自分の娘に伝えたかったのかも。
五感を磨けば想像力は必ず豊かに。怖いのはむしろ想像力が欠落した状態だと思います。
今回は怖い話2冊。ホラーでもスプラッターでもない哲学的な作品を、ぜひ大人の方々に!
*次ページではアンヌさんのおすすめ2冊をご紹介します
この記事を書いた人
モデル、絵本ソムリエアンヌ
14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒業。 モデルのほかエッセイやコラムの執筆などで活躍。 最近は地域で絵本の読み聞かせ活動も行っている。