「大人のための絵本」 モデル・アンヌさんの名作選
山の力をいただく
~『富士山にのぼる』『わたしのやま』~ vol.28
新しい年の活力に
こんにちは。アンヌです。
2025年、皆様にとってよりいっそう、元気な年でありますよう。
そう呟いて、いつもの散歩道から望む神々しい富士山を眺めていたら、ふとこんな話を思い出しました。
パリに住み始めた当初から、交流を深めていた四人家族がいました。お父さんはスペイン系の画家。彼らはワンブロック裏に暮らし、新作が完成すると、美術評論家でもあった義父の意見を求めて、ふらりとうちに来たり。こちらが彼らの家やアトリエに制作過程を見に行くこともありました。
年月が経ち娘は独立。奥さんは他界されました。残された画家と二十歳を過ぎた息子は、湿っぽいことを嫌がって、弔いの旅のような形で一家が毎夏を過ごしていたアルプスへ。お天気の良いある朝、親子は歩き慣れた山道を、頂上を目指して登っていたそうです。前方を歩くお父さんのすぐ後ろに息子。仲の良い二人は、思い出話に耽り、未来への希望を語り合い、時には冗談を言い合い……。その足取りは軽く、会話も途絶えることはなかったそうです。
ふと、お父さんが息子に相槌を求めました。
「なあ、そうだろう?」
しかし後ろを振り返ってみると、たった今話をしていた息子の姿はありません。誰もいない大自然が広がるのみ。まるで神隠しにあったようだったそうです。
大きなショックを乗り越え、画家はパリに戻ってきました。私たち一家や、画家仲間たちも事態を知って騒然となり、悲しみました。しかしそれ以上に、神秘的な偶然のようなものに皆、心洗われ癒やしを感じたのです。
なぜなら。
その画家が長きにわたり、ひたすら描き続けたのは、娘ではなく、息子。キラキラと差し込む写実的な光の先に、まるで憧れているようにたたずむ姿だったからです。
この出来事を年初めに語るのが相応しいのか悩みました。ただ、良いことも悪いこともすべて抱擁するような不思議なエネルギーが、山にはあるように思います。その恩恵をいただいて、力が湧いてくるような一年を過ごせたら。今回は山の絵本2冊です。
*次ページではアンヌさんのおすすめ2冊をご紹介します
この記事を書いた人
モデル、絵本ソムリエアンヌ
14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒業。
モデルのほかエッセイやコラムの執筆などで活躍。
最近は地域で絵本の読み聞かせ活動も行っている。