「大人のための絵本」 モデル・アンヌさんの名作選
見事な自然と叙景詩の話
~『わたしのすみか』『みつけるシリーズ 世界の動物』~ vol.33
母の鼻歌と唱歌
こんにちは。アンヌです。
一か月の滞在期間を経て、先日パリへ戻っていった母。久しぶりの日本を歩いては、あらゆる思いを巡らしていました。海外暮らしならではの視点に、私はなるほどと思うことも。印象的だったのは、山荘へ行った時のことです。
高速を走る車窓からは、群馬の奥に広がる春霞の田園が見えました。上信越自動車道に入ればぐっと山が近づき、野生の藤が花盛り。碓氷峠(うすいとうげ)の尾根はギザギザとして勇ましい。ヨーロッパの平坦な地形とは違い、瞬く間に景色が変わってゆくので、母はその都度歓声をあげていました。そして自然と歌詞が思い出されるようで、時折り助手席から鼻歌が聞こえてきます。
「見渡す山の端霞深し~」(『朧月夜』)。「車はげしや藤の花~」(『藤の花』)。箱根ではないけれど、「天下の険、函谷関もものならず~」(『箱根八里』)……。
「小川を越えれば『小鮒釣りしかの川~』(『ふるさと』)、とんびが飛んでいれば『飛べ飛べとんび~』(『とんび』)。見るものすべてが歌になっているのね~!」と、感心しています。
そして山荘に到着。
久しぶりに訪れると、北側の戸袋に問題がありました。ふかふかの苔が溜まって雨戸が開きません。シジュウカラの仕業か。でも、もう古巣です。掻き出しよく見てみると、巣作りをするのになんと蜘蛛の糸を接着剤のように絡めて使っていることが分かりました。1時間かけてようやく雨戸が開き、外の光が家の中に。
ホッと息をつきましたが、戸袋問題はこれで終わりではありません。夏を迎える頃には、今度はニホンミツバチが占領していることでしょう。幾何学構造のハニカム(巣)を撤去する作業が待っているはずです。労力を奪われながらも、小さな生き物たちの素晴らしい建築技術に直面するたびに、自然には到底勝てないなぁと思うのです。
私は汗を拭うと、母に「次回はきっと、あそこからぶんぶん聞こえてくるのよ」と伝えました。すると「ぶんぶんぶん、ハチが飛ぶ~」(『ぶんぶんぶん』)と母。「ほらね! 自然を謳(うた)い上げる日本の唱歌の力!」と言って笑っていました。
考えてみれば、フランスの童謡には、自然そのものをたたえるものはまずありません。自然や生き物は歌詞に登場はしても、詠われている内容は、恋心、遊び心、時にはちょっと残酷な感情だったりします。エスプリの効いた会話が飛び交う、恋愛大国ならではでしょう。いわば抒情詩です。対する日本の唱歌は、たいていは叙景詩。自然をめでる民族だったから、叙景詩になったのだと思います
フランスの詩も素晴らしい。でも芭蕉のように、蛙が池に飛び込む音を詠うようなことはない。日本固有の表現方法を再確認したひとときでした。
今回は自然を賛美する作品を2冊。夏の行楽に向けて是非!
*次ページではアンヌさんのおすすめ2冊をご紹介します
この記事を書いた人
モデル、絵本ソムリエアンヌ
14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒業。
モデルのほかエッセイやコラムの執筆などで活躍。
最近は地域で絵本の読み聞かせ活動も行っている。
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