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大人のおしゃれ手帖 10月号

大人のおしゃれ手帖

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大人のおしゃれ手帖
2025年10月号

2025年9月5日(金)発売
特別価格:1620円(税込)
表紙の人:吉田羊さん

2025年10月号

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「大人のための絵本」 モデル・アンヌさんの名作選 
戦争の傷跡
~『さがしています』『せんそうがおわるまで、あと2分』~ vol.35

アンヌ

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暑い夏の日のワンピース

 こんにちは。アンヌです。
 8月6日と9日は、かつて原爆が投下された日。この日がどれほどの傷を残したでしょう。決して忘れてはならない事実です。
 私にも忘れられない夏の日があります。
 まだファッションタトゥーや刺青がポピュラーではない頃の、パリ市内マレー地区でのこと。この辺りは、ポンピドゥーセンター、ピカソ美術館、17世紀の赤煉瓦が美しいヴォージュ広場などに囲まれた観光スポット。おしゃれなお店も立ち並び、フランスでは珍しい日曜日営業も賑わいの理由で、地元民からも愛されています。
 その一角に、パリ有数のユダヤ人街があります。ヒヨコ豆コロッケが入ったファラフェルサンドの販売店や、芥子(けし)の実の餡(あん)をふんだんに使うパン屋が何軒か。カーシェールの肉屋(ユダヤ法に従って肉の下処理をする店)も目立ちます。通りでは、キッパと呼ばれる丸い小さな帽子を頭に被った、男性たちが立ち話。時折、ヨウジヤマモトかギャルソンかと見まがうような黒衣装に黒の大きな帽子姿も。耳の脇に長いくるくる巻きのもみあげを揺らし、足早にシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)に向かう様子も印象的です。
 このエリアへはバス一本で行けたので、日曜日となれば私も頻繁に出かけていました。
 その日はパリでは珍しい暑さで、どの人も腕や脚を大胆に露出した服装をしていました。バスに乗ると、日本のようなクーラーはありませんが、まだ空いていたので外からの風が通りました。ところが、マレー地区に近づくほどに混み、段々と蒸してきて私は奥のほうへ。数カ所停まったあと、一気に人が押し寄せて、私はよろけてしまいました。
「あら、ごめんなさいね」
 そう言ったのは横にいた70歳くらいのマダム。綺麗に巻いた髪。暑さのため胸元のボタンを外し、ノースリーブのワンピースを着ています。
 「いえ、大丈夫です」と答えたあと、私はマダムの逞(たくま)しい二の腕に目が止まりました。
 タトゥーかしら?
 5桁ほどの小さな数字が黒く刻印されています。
 あ!
 次の瞬間、私の中に震えが走りました。

 …

 サバイバー、でした。
 アウシュビッツでユダヤ人たちは人権を取り上げられ収容者番号を左腕に入れられたと、私は何かで知っていました。身体に刻まれた第二次世界大戦中の大虐殺の痕跡。消したくても消せないこの数字とともに、どれほどの思いを抱えて生きてきたのだろうか。
 しばらくすると、バスはマレー地区のサン・ポール駅前で停まり、マダムはそこで降りました。力強い足取りを目で追いながら、私はショックを落ち着かせ、心の中で感謝しました。この日、ノースリーブのワンピースを選んでくれたことに。あの腕の数字こそが、残虐な歴史を風化させないための生きた記憶ですから。
 終戦とともに、二千年近く離散し続けたイスラエル民族は、ようやく国連によって自分の国を与えられました。しかし、これが、今日まで続くパレスチナとの戦争という、さらなる不幸を生み出したのが悔やまれます。
 今回は不幸が繰り返されないよう、戦争と向き合うための秀作を選びました。

*次ページではアンヌさんのおすすめ2冊をご紹介します

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この記事を書いた人

モデル、絵本ソムリエ アンヌ

モデル、絵本ソムリエアンヌ

14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒業。
モデルのほかエッセイやコラムの執筆などで活躍。
最近は地域で絵本の読み聞かせ活動も行っている。

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