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大人のおしゃれ手帖 12月号

大人のおしゃれ手帖

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大人のおしゃれ手帖
2025年12月号

2025年11月7日(金)発売
特別価格:1640円(税込)
表紙の人:吉瀬美智子さん

2025年12月号

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「大人のための絵本」 モデル・アンヌさんの名作選 
 建築って面白い!
~『いたずらのすきなけんちくか』『MONUMENTAL 世界のすごい建築』~ vol.38

アンヌ

50代での家づくり

 こんにちは。アンヌです。
 ずっと賃貸暮らしを続けてきて、気付けば50歳過ぎ。そんな昨年の夏のことです。
 東京の自宅の裏が更地になりました。住み慣れた場所だし日当たりも良さそう。これを逃したら、マイホームのチャンスはもうないかもしれない。不動産会社の看板が立てられ、担当者の名前は「大吉」さん。背中を押された気になり、その土地の購入を決意しました。
 そこから怒涛の日々が始まりました。私にとっては全くの新境地。不動産売買やローンの知識もない。家の建て方もいちから手探りです。家の間取りがやっと決まりホッとしたのも束の間、連日、馴染みのない言葉が無数に飛び交う打ち合わせが…。
 例えば、フローリングひとつにしても、模倣プリントや薄い木材を貼り合わせたものから天然木まであり、呼び方も、「シート」「突板」「挽き板」「無垢」とさまざま。異素材のつなぎ目には「見切り材」というものが使われます。壁面仕上げ用塗材の「ジョリパット」や、外壁や屋根などに使う鋼板の「ガルバニウム」という単語も覚えました。そして家の細部に至るまで一つひとつ、色や素材を決めなければならずほとんど気が狂いそうに。家づくりとはこんなに大変なのかと気付いても後には戻れません。先延ばしもできないし、老後の暮らしも視野に入れなければならない。責任がのしかかり、眠れぬ夜を幾度も過ごしました。
 そんな最中、我が家の山荘の方も手入れが必要になり長野県へ。久しぶりに訪れると小川の向こうにあった蕎麦畑は消え、平家が建っているではありませんか! 古い日本家屋を現代の暮らしにフィットさせたような、風情あるデザイン。庭には八橋がかかり、その先に優雅な藤棚も。持ち主は一体、誰なのだろうか。
 翌日、スーパーに出かけると野菜売り場の真ん中で、見知らぬ買い物客の視線を感じました。スラッとした70代ぐらいの男性です。すると近づいてきて「小川の向こうの者です。こんな顔してます」と自己紹介。なんとあの平家の主人でした。そしてお茶に招待してくださったのです。
 その家の中に入ると、徹底した趣の凝らしよう。思わず私の覚えたての言葉が口をついて出ます。
「床は挽き板ではなさそうですね」。すると「もちろん無垢です」と誇らしげ。
「この見切り材は?」という質問には「ぼくが造らせたんです」と。
 そして「これはジョリパットに藁を混ぜて」という壁の説明もしてくれました。その素材も知っている! 嬉しくなって「外壁だけでなく内装にも使えるんですね」と私。
 あんなに頭を悩ませた無数の建築用語がここでの会話を弾ませてくれます。
 気づくと2時間。帰ろうとしたその時、心を開いてくれたのでしょう。「実は……」。
 幼い頃から建築に興味があったそうですが、違う業界に就職。定年を迎えると、長年の夢を叶えるべく設計から着手し、イギリス風の一軒家を北海道に建てたのだとか。数年後、その家を手放して別の県へ。そして今どきのインダストリアルスタイルの家を建てたそう。そこを気に入ってくれた人に譲り、今度はこの日本家屋に挑んだそうなのです。
 一生に一度きり、しかも50過ぎにはラストチャンスだと思っていた「家づくり」。でもこの男性は、人生の折り返し地点からその夢を追い実現し続けています。
 「ここも、もうあと少ししか居ません」。
 目を丸くする私に、笑顔でこう言いました。
 「いやぁ、理想的な場所がS市に見つかったんでね」。
 S市は遠い。せっかく親しくなれたのに残念だと伝えつつ、「今度はどんなスタイルですか?」と聞きました。
 すると「ミニマル!」。
 少しばかり建築のことに詳しくなった私は、容易にイメージができました。
 「じゃあ、屋根はガルバニウムですね」。
 なんだかこの先も会話が続きそう。
 余計なものを取り除いたシンプルな家で80を迎えるだろうこの男性に、数年後また会えるかも。
 私の新居も完成し、フレンチオークから伝わる無垢フローリングの心地よさを感じながら、今そんなことを思っています。
 今回は建築にまつわる作品を。深掘りすると思いがけない交流が待ってるかもしれませんよ。

*次ページではアンヌさんのおすすめ2冊をご紹介します

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この記事を書いた人

モデル、絵本ソムリエ アンヌ

モデル、絵本ソムリエアンヌ

14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒業。
モデルのほかエッセイやコラムの執筆などで活躍。
最近は地域で絵本の読み聞かせ活動も行っている。

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